第6回 アザラシの風変わりな休息法

 バイカルアザラシはロシアのバイカル湖に生息するアザラシだ。淡水湖に暮らすアザラシとしては、ラドガ湖(ロシア)とサイマー湖(フィンランド)に海から入り込み、そのまま居着いたワモンアザラシの亜種がいるが、純粋に淡水湖のみに生息するアザラシは、世界でただ1種バイカルアザラシのみである。

 バイカル湖は冬の間はがちがちに凍りつくため、アザラシは氷上で横になり、ゆっくりと体を休めることができる。

 ところが興味深いことに、氷の解ける毎年6月から11月までの間、バイカル湖にはアザラシの上陸に適した場所が数えるほどしかない。

夏の数少ない上陸地点で休憩中。(撮影:渡辺佑基)
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 人やヒグマに遭遇する可能性があるので、アザラシは湖岸にはめったに上陸しない。湖面から突き出した岩場があればいいのだが、そのような岩場はウシカニ島という小さな島の周辺に点在するのみである。同時に上陸できるアザラシの数は、せいぜい数百頭というところだろう。バイカルアザラシはバイカル湖全体で8~10万頭もいると推定されているから、ほとんどのバイカルアザラシは6月から11月までの間、まるで魚のように一度も上陸することなく湖を泳ぎ続けていることになる。

 彼らは一体いつ、どのように体を休めているのだろう?

 私は東大の大学院生だった2002年から2006年までの間、毎年バイカル湖を訪れて1カ月ほど滞在し、アザラシの調査を実施した。アザラシの背中に記録計を取り付けて放流し、数日後にタイマーで切り離されて浮かんできた記録計を、電波を頼りに回収するという調査であった。

 回収の作業も大変ではあったが、それよりも大きな問題は、そもそも実験に使えるバイカルアザラシがめったに手に入らないことだった。

 たとえば一度、毛皮目的で合法的にアザラシが狩猟されているチィビルクイ湾(湖の対岸にあり、車で片道27時間もかかった)を訪れ、漁師から生きたアザラシを買い取ろうと試みた。けれどもそこで見たのは、網を使って水中でアザラシを絡め捕るという、いささか乱暴な漁だった。

 アザラシは哺乳類なので、水面で呼吸をしないと死んでしまう。それにも関わらず、漁師たちにとってはアザラシは魚のようなものであり、1日に一度しか網をチェックしない。すると当然のことながら、網にかかって上がってくるアザラシのほとんどは、既に溺死している。2週間以上現地に待機したが、生きたまま上がってきた幸運なアザラシは、わずか1頭しかいなかった。

 一事が万事そんな調子だったので、大学院生としての5年間をフルに使っても、5頭分のデータを集めるのがやっとであった。自慢にもならないけれど、これほどのスローペースですすむ生態調査はめったにないと思う。

 けれど少数ながらも集まったデータは、世界の誰も持っていない私だけの宝物であった。そしてそれをじっくり解析していくうちに、バイカルアザラシが上陸しないでどのように体を休めるのか、その答えが明らかになった。

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