第5回 伏兵アカマンボウの逆襲

 今回の『Science』の論文によれば、アカマンボウもマグロ類やホホジロザメと同様に、対流式熱交換器を備えているのだが、それがなんと、エラの周囲に配置されている。

 エラを通過した血液は、必然的にまわりの水と同じ温度まで冷えてしまうが、エラを出た時点で、エラに入っていく血管と並行し、温められる。つまりアカマンボウの場合、エラという熱放出の「元凶」の周囲に対流式熱交換器を配置することによって、エラ以外のすべての体の部分を温めることに成功している。心臓も温かいから、冷たく深い海の中に長く滞在しても、正常なポンプ機能を維持することができる。筋肉とその周辺だけが温かいマグロ類やホホジロザメとは、この点において根本的に異なっている。

アカマンボウの目。体のほかの部分と同様、目と脳が温められているおかげで、視力もすぐれている。(Photograph by NOAA Fisheries, Southwest Fisheries Science Center)
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 もうひとつのマグロ類やホホジロザメとの大きな違いは、アカマンボウは尾びれではなく、胸びれをくいくいと振って泳ぐことである。だから熱の発生源は、体幹部にある尾びれを動かす筋肉ではなく、胸びれの根元にある筋肉だ。マグロの血合いに相当する、濃い赤色の筋肉(しかもとても大きな筋肉)が、アカマンボウの胸びれの根元にしっかりと付いている。

 言われてみれば、ものすごく単純。でもこのような魚が存在したことに、そしてそれが今になって発見されたことに、私は心底驚いた。

 生物の進化とはかくも不思議な現象である。血管や筋肉という「手持ちの材料」の配置を少し工夫するだけで、劇的な体の機能の変化が生じる。アカマンボウの体温は「単純な原理、劇的な変化」の鮮やかな一例であり、その意味において、私は歴史に残る大発見だと信じている。

 では、どうしてこのような不思議な進化が起こったのだろうか。高い体温が、アカマンボウの生活スタイルにどう関係しているのだろう。ここからは私の想像だが、きっとアカマンボウもマグロ類やホホジロザメと同様に、他の魚に比べて速く泳ぐことができるのではないだろうか。アカマンボウの生活する深い海(深度50~400m程度)において、一人だけ冷たい水温の影響を受けることなくピンピンと泳ぎ続けることができるならば、生存にすこぶる有利にはたらくと予想される。あ、バイオロギングを使って研究したい動物種が、また増えてしまった。

 最後に、私の感想。海は広く、おびただしい種類の魚がいるが、いままでに体温が計測されたのは、ごく一握りに過ぎない。ひょっとしたらアカマンボウのように高い体温を保持している魚は、まだまだ他にもいるかもしれない。もしそうだとすれば、魚は変温動物だという一般的な「常識」は、「例外の多いひとつの傾向」に格下げされる日が、もしかしたら来るのかもしれない。

My Shot

冬に撮影したモズのメス。つぶらな瞳に鋭いクチバシというアンバランスが魅力的な鳥だ。(撮影:渡辺佑基)(協力:ニコンイメージングジャパン)
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つづく

渡辺 佑基(わたなべ・ゆうき)

1978年、岐阜県生まれ。国立極地研究所生物圏研究グループ助教。農学博士。バイオロギングを用いて主に海洋動物の生態を研究している。2010年には南極観測隊に参加し、ペンギンに取り付けたカメラでの撮影に成功。研究論文が米国科学アカデミー紀要に掲載された。2011年、学術分野全般で優れた実績を積み上げた人に贈られる山崎賞を受賞。2014年、『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(河出ブックス)で第68回毎日出版文化賞の自然科学部門を受賞。