「パンダの親指」という話がある。パンダの前足には、ヒトの親指にもいっけん似た、人差し指や中指と対向する骨があり、パンダが笹を摑んで食べる際に役立っている。ところが実際はパンダはクマの仲間であり、他のクマと同様、親指は人差し指の横に並んで付いている。いっけん親指にも似たその骨は、じつは指ではなく、手首の骨が特殊化してできた骨の突起である。

 生物の進化というのはそれくらい柔軟性に富んだものだ。パンダに「第六の指」があるように、ヒラシュモクザメにも「第三の胸びれ」(=背びれ)があり、それを効果的に使うために左右に体を傾けて泳いでいるんじゃないかというのが私の考えだ。

この仮説を検証するにはどうしたらいいだろう。第一に、少なくとももう1、2匹のヒラシュモクザメに記録計を取り付けて、「横倒し泳ぎ」がこのサメにとって自然な動きであることを確かめなければならない。

 第二に、背びれや胸びれの形態のデータを集めねばならない。死骸でいいから多くのヒラシュモクザメを手に入れて、計測し、このサメの背びれが本当に胸びれとそっくりといえるかどうか、検討しなければならない。

 第三に、流体力学的な実験も必要だろう。ヒラシュモクザメの模型を作り、風洞(任意の強さの風を起こせる実験装置)を使って、体を横倒しにすれば本当に背びれから揚力が発生するのかどうか、そして「3本の胸びれ」から得られるトータルの揚力が、通常の姿勢で得られる揚力を上回るのかどうか、確かめなければならない。

 というわけで、この奇想天外な仮説を科学論文として発表できるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。でも、ゴールを目指して一歩一歩前進していこうと思う。ヒラシュモクザメにおける「第三の胸びれ」は、海洋動物の面白さを象徴するだけでなく、進化の柔軟性を示すという意味で生物学全体にも大きなインパクトを与えられると私は信じている。もちろんそれがもし正しければの話だが。

My Shot

近所の公園で撮影したコゲラ。くちばしが錐のように尖っていて、つつかれたら痛そうだ。(撮影:渡辺佑基)(協力:ニコンイメージングジャパン)
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つづく

渡辺 佑基(わたなべ・ゆうき)

1978年、岐阜県生まれ。国立極地研究所生物圏研究グループ助教。農学博士。バイオロギングを用いて主に海洋動物の生態を研究している。2010年には南極観測隊に参加し、ペンギンに取り付けたカメラでの撮影に成功。研究論文が米国科学アカデミー紀要に掲載された。2011年、学術分野全般で優れた実績を積み上げた人に贈られる山崎賞を受賞。2014年、『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(河出ブックス)で第68回毎日出版文化賞の自然科学部門を受賞。

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