ペンギンは時折、天空を仰いでけたたましく鳴く。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)
ペンギンは時折、天空を仰いでけたたましく鳴く。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)
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 さらに、ペンギンに取り付けたビデオカメラの映像にも、歴然たる違いが見られた。いつもなら、青く透き通った美しい海中の様子が映し出されるのだが、今シーズンの映像に映っていたのは、東京湾と見間違うような濁った緑色の海だった。海氷が流出してむき出しになった海面に、日光がさんさんと降り注ぎ、植物プランクトンが大発生したためである。植物プランクトンが増えれば、それを食べるオキアミも増える。実際、今シーズンに撮影した「ペンギンビデオ」には、大粒のオキアミを次々と、大量に捕らえていくペンギンの様子が映し出されていた。

 最後に、雛の生存率と成長速度も違っていた。アデリーペンギンの雛は例年、その多くが巣立ちを迎えることなく死亡する。親ペンギンの持ち帰る餌の量が不十分で、餓死することもあるし、餓死する前に体力が弱り、トウゾクカモメに捕食されることもある。ところが今シーズンは、餓死する雛が一羽もおらず、しかも体重の変化を見ると、例年にないペースですくすくと成長していた。

ペンギンの巣の前には海氷がなく、海面が露出している。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)
ペンギンの巣の前には海氷がなく、海面が露出している。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)
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 つまり今シーズンは、たまたま起こった海氷の流出により、ペンギンにとって極めてハッピーな環境が整ったようである。ペンギンは氷のない海を自由にすいすいと泳ぎまわり、豊富な植物プランクトンが育てたオキアミの群れを腹いっぱい食べていた。そして餌をたっぷり巣に持ち帰り、雛はすくすくと育っていた。

 私にとって興味深いのは、今回見られたアデリーペンギンの環境応答が、北極のホッキョクグマのそれと対照的だということだ。北極では温暖化によって海氷が減少し、ホッキョクグマが十分に餌のアザラシにありつけなくなって、体重を減らしている。痩せるホッキョクグマと太るペンギン――極地における海氷の減少というイベントが、野生動物に対してまるで逆方向に作用しているのである。

 ただしこの解釈にはいくつか注意が必要である。第一に、今回述べたことは、野外調査を終えたばかりの現段階(2017年2月21日)で私が胸に抱いている印象であって、データに基づいた厳密な解釈ではない。詳細なデータ解析と統計処理をした後に、修正せねばならない事柄もいくつかあるかもしれない。

「しらせ」の近くにやってきたアデリーペンギン。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)
「しらせ」の近くにやってきたアデリーペンギン。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)
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 第二に、私たちの目撃した海氷の流出は、ローカルな気象条件によって引き起こされたローカルな現象であって、南極大陸全体で同様の変化が生じているわけではない 。別の言い方をするのならば、今回の私たちの調査結果がどこまで一般化できるのかは、現段階ではよくわからない。南極大陸全体の環境変動や、ましてや地球規模で進行している温暖化とは、いまのところ切り離して考えるのが安全だろうと私は思う。

 私は現在、昭和基地を離れてオーストラリアに向かう途中の南極観測船「しらせ」の船上でこの原稿を書いている。帰国次第、データの解析をすすめ、今回のこのエキサイティングな調査結果を論文にしたい。そしてそれができたあかつきには、またこの連載で内容を紹介したいと思う。

つづく

渡辺 佑基(わたなべ・ゆうき)

1978年、岐阜県生まれ。国立極地研究所生物圏研究グループ助教。農学博士。バイオロギングを用いて主に海洋動物の生態を研究している。2010年には南極観測隊に参加し、ペンギンに取り付けたカメラでの撮影に成功。研究論文が米国科学アカデミー紀要に掲載された。2011年、学術分野全般で優れた実績を積み上げた人に贈られる山崎賞を受賞。2014年、『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(河出ブックス)で第68回毎日出版文化賞の自然科学部門を受賞。

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