英語だったから難しいとか、日本語なら伝えられたとか、そういう問題ではないのは明白でした。

 言葉にすればするほど、本質とは異なる部分ばかりが増えるだけで、収拾がつかなくなるのです。

 この旅の意味を、自分自身が理解するのに、もっともっと時間が必要だということなのでしょうか。

 旅に行く前、夢から覚めてしまいそうで、結局、ほとんど誰にも話をすることができなかった。

 しかし、旅が終わっても、人に伝えることは、よりいっそう難しいことになってしまったようです。

 景色の変わらないハイウェイを快調に飛ばしていると、しばらくの間、沈黙が続きました。

 ぐんぐんと流れていく車窓の風景をぼんやりと眺めながら、ぼくは、旅に出るきっかけとなった、オオカミの夢を思い出していました。

 <あのオオカミは、ぼくに何かを伝えようとしていたのだろうか?>

 その答えは、今回の旅では、なにも分かりそうにありません。

 でも、ひとつだけ確かに思えることがありました。

 それは、これからも、あの夢のオオカミを追いかけて、この北の森を旅していきたいということでした。

 思えば、花も、木も、動物たちの生態も、それに、写真の技術に関しても、なにひとつ知らない未熟な自分に気づかされた旅でした。

 でも、もしも、これから先、オオカミとこの森で出会うことができたなら、そして、それを写真に収めることができたなら……。

 きっと、そのときの自分は、いまよりもはるかに成長しているに違いないのです。

 その瞬間が訪れたときにはじめて、ぼくはこの旅のことを、多くの人に本当に伝えられるようになっているのかもしれません。

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