地図を校正するドン・イェーガー、ロバート・エリス、チャールズ・スターン(左から右)。1957年当時、地図製作の大半は手作業で行われていた。(Photograph by Bates Littlehales, National Geographic)

 1915年に米ナショナル ジオグラフィック協会の地図部門が発足して、今年で100年になる。その地図は、世界最高峰エベレストや南極、海底から、月や火星、太陽まであらゆる物理的存在を網羅してきた。

 同部門がこれまでに制作した地図は、ナショナル ジオグラフィック誌の特製付録地図438種類、誌面掲載用地図約3000種類、世界地図10種類、地球儀数十個におよぶ(こうしている間にも、その数は増え続けている)。
 ここではそれら膨大な数の地図の中から、歴史的だったものをいくつか紹介しよう。

ソ連崩壊で地名が激変

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 「地図を作る上で意外とやっかいなのは、国境線がしょっちゅう変わることです」とナショナル ジオグラフィック協会の地図部門を統括するファン・ホセ・バルデスは言う。1991年にソビエト連邦が崩壊した際には、ウクライナの地名の9割が変わってしまった。

第一次大戦を予見

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 ナショナル ジオグラフィック誌が1914年8月に発行した、ヨーロッパとバルカン諸国の地図。この地図が世に出てまもなく、一帯は第一次世界大戦の舞台となった。当時の編集長ギルバート・H・グロブナーは、開戦が近いことを予見して地図を印刷、いつでも出版できるよう地下室に保管しておいた。

司令官が持参したドイツ地図

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 第二次世界大戦で、ヨーロッパ戦線で連合国最高司令官を務めた米軍のドワイト・D・アイゼンハワー将軍は、1945年の侵攻の際、ナショジオのドイツ地図を持参していた。

地球の活動をあらわにした海底地図

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 地球物理学者ブルース・ヒーゼンとマリー・サープの研究にもとづいて1968年に作成されたこの海底地図は、プレートテクトニクスの概念を広く知らしめる一助となった。サープは1950年、大西洋を航行する船が測量した数値を元に、水深を記録した地図の作成を開始したが、女性であることを理由に、みずからが船に乗ることは許されなかった。1978年、ナショナル ジオグラフィック協会は、サープの先駆的な研究を称えてハバード・メダルを贈呈した。

宇宙と空から見たエベレスト

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 1988年11月、4年の制作期間を経て発行されたエベレストの地図。スペースシャトル「コロンビア号」に搭載された高解像度カメラの画像と、上空1万2000メートルを飛ぶビジネスジェット機から撮影した160枚の航空写真を元に、広さ約980平方キロの範囲を地図に描いている。

米国が月に夢中だった時代

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 1969年に製作された、うっとりするほど美しい月の地図。月の両面を1枚の紙に配置した地図はこれが初めてで、夜になると見えるお馴染みの表側と共に、普段は隠れている裏側が描かれている。地図を制作したティボー・トスは、アリゾナ州フラッグスタッフのローウェル天文台に数週間通いつめて月を細部まで観察し、表面のクレーターひとつひとつに丁寧に影を描き入れた。

南極、氷の厚さまで

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 20世紀初頭、探検家のロアール・アムンセン、アーネスト・シャクルトン、ロバート・ファルコン・スコットは、互いに南極点到達を目指して争った。2002年2月に発行されたこの南極の地図には、地表の高度、氷床の厚さ、氷の流れの速さの他、数多くの観測所や測候所の位置が記されている。地図に添えられた文章にはこうある。「南極は地図制作者にとって悪夢のような場所だ。描き終わったときには、大きく変化してしまっていることが少なくない」

史上最悪の石油流出事故

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 2010年4月に発生した史上最悪の石油流出事故である、メキシコ湾の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」の爆発と水没事故の後、ナショナル ジオグラフィック誌はテキサス州、ルイジアナ州、アラバマ州、ミシシッピ州沖に多数存在する石油掘削施設の地図を作成した。地図の裏面には、海面の石油が広がった範囲の他、石油の流出で傷つけられた豊かな海洋生態系の情報が記されている。

 ナショジオの地図の特徴とはなんだろうか。それはもちろん、正確さと細部へのこだわりだ。1969年に製作された月の地図には、月面に到達した23機の無人探査機のうち、22機の着陸地点が記されている(オービター4号は月面に衝突し、その場所はわかっていなかった)。

 地図部門のモットーはしかし、今も昔も「革新」だ。同誌で最初の地図部門の主任を務めたアルバート・H・バムステッド(在任期間1915~1939年)は、探検家リチャード・E・バードが1926年に航空機で北極点を目指した際に使用した太陽コンパス(磁気コンパスは北極での使用に適さない)や、彼の名前をとってバムステッドと呼ばれた写真植字機を発明した。この機械の登場により、人手を要する手組み植字の代わりに、写真を使って文字を組むことが可能になった。

 1923年から1959年まで地図製作スタッフとして働いたチャールズ・E・リディフォードは、読みやすさを追求するため、美しい地図用のフォントをデザインした。このフォントはナショナル ジオグラフィック協会が特許を取得し、現在に至るまで使用されている。

 その昔、地図の製作は数カ月を要する仕事であった。急速な進歩を続けるデジタル時代においては、たとえばナショジオのウェブサイトに掲載されている地図の中にも、ほんの数時間で作れるものもある。それでも、正確さへのこだわりは昔とまったく変わらない。

文=Cathy Newman/訳=北村京子