最終話 惜別と感謝と、新たな地平

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 長い冬が終わり、このミンチュミナを去る日、私はドッグヤードの犬たち1匹1匹の頭を撫でて、別れを言った。

 このミンチュミナに来て、私は犬たちから、たくさんの幸せな時間をもらった。そして、多くの感動も。

 特に私の心を打ったのは、日々勇壮な姿を見せるマッキンリー山でも、真っ赤に浮かぶ極北の太陽や、誰もが憧れるオーロラでもない。

 ただ一途に、ただ一心に走る、橇犬たちのひたむきな背中だった。

 そんな犬たちの顔を思い浮かべながら、私は小型機に飛び乗った。

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 飛行機は、変わり易い天候のなかで慌しく飛び立ち、雲の切れ間を探しながら飛ばなければならない天候にもかかわらず、私はあることに気がついた。

「あれ? 方向が違うよ」

 するとパイロットは、プロペラの轟音の中でニコリと微笑んで、窓の外を指さした。

 その先に目をやると、私はぐっと涙が込み上げてきた。

 彼は、私のためにドッグヤードの上空を飛んでくれていたのだ。

 眼下に小さく、ドラム缶の横で寝そべるソルティーの姿が見えた。

 ムースの骨にかじりついているルーディーに、皿を転がして1人遊びをするアン。

 屋根に上って日向ぼっこをするルーニーやブロックス、ズートにノーラ、アーセルやマーソン、そして、やんちゃな若犬たち。

 みんな、春の暖かい日差しを体いっぱいに浴びて、相変わらず、いつもの午後を過ごしていた。

「さようなら、ありがとう」

 私はそう呟いて、この景色をプレゼントしてくれたパイロットに笑みを返し、彼は操縦桿を回し、方角を戻した。

 ドッグヤードがしだいに小さくなり、ミンチュミナロッジが遠ざかっていく。

 それを見届け、私は前を向いた。

 すると、目の前には、新たな地平が広がっていた。

おわり

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/