観光客でにぎわうビーチの先には、地元の人だけが知る海があった。サーフィンを通して、ハワイの伝統と誇り、人々の絆の強さが見えてくる。

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ハワイ 波と生きる

観光客でにぎわうビーチの先には、地元の人だけが知る海があった。サーフィンを通して、ハワイの伝統と誇り、人々の絆の強さが見えてくる。

文=ジョン・ランカスター/写真=ポール・ニックレン

 ハワイのオアフ島西海岸に位置するマカハは、ハオレ(ハワイ語で白人などのよそ者のこと)は近づかない方がいいとされるビーチだ。派手な連中が集まるサンセットビーチや、観光客でにぎわうワイキキビーチとは対照的で、はるか昔、ハワイの島々に定住したポリネシア人の子孫が暮らす、排他的な地域として知られている。

 1898年、ハワイは米国に併合された。マカハには、その事実を受け入れている者も、いまだ納得していない者もいるが、波だけは渡さないという思いは共通している。この地の暗黙のルールを破ったよそ者が海から追い出され、鼻の骨を折られたなどという話はいくらでもある。12~13世紀から波を楽しんできたハワイ人は、何といっても熱狂的なサーファーの先駆けなのだ。

 また、さまざまな苦難を乗り越えてきた歴史も背景にある。18世紀後半に白人が上陸して以降、彼らがもち込んだ病気が広がって人口が激減し、さらに土地を奪われ、国も文化も失った。ハワイ人にとってサーフィンは、民族の歴史と文化を実感できるわずかな手がかりの一つなのだ。

王族も平民もサーフィンに興じた「古き良きハワイ」

 最初のハワイ人は、紀元700年頃に双胴カヌーでマルキーズ諸島からやって来たとされている。約500年後に、タヒチからも船乗りたちが渡来した。

 もともと彼らの間には素朴な波乗りの習慣はあったと思われる。だが、それが文化の重要な柱となったのはハワイ諸島に定住してからだ。サーフィンの神や神殿が生まれ、大会では多くの見物人が勝敗を当てる賭けに興じるようになった。王族たちが使うボードは、マメ科の木のウィリウィリやコア材で作った大きな「オロ」というボードで、平民はもっと短くて薄い「アライア」で波に乗った。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2015年2月号でどうぞ。

編集者から

 私は海のそばに住んでいるのですが、「海が好きな俺たちって偉い」と勘違いしながら群れているサーファーの多いこと。道のど真ん中でボードを洗ったり、スーパーのカートで鬼ごっこしたり。「一緒にしてくれるな!」という、古くからの愛好者の声も聞こえてきそう。ハワイ精神を受け継いでなんぼのサーフィン。この特集を煎じてぐいっと飲ませたいものです。(編集H.O)

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