第2回 北西の季節風が吹く長崎北西海岸を漕ぐ

 1月9日から15日まで、北西の季節風が吹きつける長崎県の北西海岸をシーカヤックで漕いでいた。

 9日に羽田から長崎空港に飛び、スタート地点である長崎半島の東側の茂木港に移動した。予定としては野母崎を回航し、長崎半島から軍艦島に立ち寄って、西彼杵半島を北上して五島列島までたどり着こうという計画である。その日は夕方から漕ぎはじめ、港から数キロ進んだところにある砂浜で幕営した。

 パートナーは山口将大君という28歳になる若手のカヤッカーである。気儘にカヤックで旅に出かけられる自由を確保するため、将来の安定のために就職するという野暮なことはせずに、日本の総合アウトドアメーカーである某社の直営店でアルバイト勤務をして生計を立てている、最近にしては珍しく気骨のある生き方を選択した若者だ。

 出発翌日の10日から私たちは本格的に海を漕ぎはじめた。事前に確認した天気図によると、その日はまだ冬型の影響が残っていた。出発してしばらくは半島の陸地で風がさえぎられ海は穏やかだったが、次第に山の鞍部や谷沿いを越えるときに風が強く吹くようになってきた。

 山上ではぐるぐると発電用の風車が景気よく回っている。脇泊と樺島の間の海峡を越えると、風は急に向かい風となり、引き潮の影響もあって強いうねりが押し寄せた。私たちは風に立ち向かうようにしてパドルを漕ぎ、大汗をかきながら野母崎の手前の野母の集落に寄港した。

 地図を見ると、野母の集落の北側には深い入り江が切れ込んでおり、長崎半島が極端にくびれたかたちになっている。私たちが寄港した南側の港から、その北側の入り江までは3、400メートルしか離れていない。風と波の強さを考えると野母崎の回航はすこしリスクがあったので、私たちは艇を北側の入り江まで持ち運んで、野母崎をショートカットすることにした。

 入り江に再び艇を浮かべて漕ぎ進めていくと、有名な軍艦島の島影が、地図に描かれた島の小さな規模からは想像もできないような強烈な迫力で現れた。廃墟となった巨大な炭鉱住宅の直線的なシルエットが西日の影となって海面から浮かび上がったとき、私はかつてそこで生活していた人々の姿を思わないではいられなかった。