米国フロリダ沿岸のサンゴ礁。毎年数十億ドルの観光収入をもたらしている。(Photograph by Spencer Millsap, National Geographic)

 12月のある早朝、マイアミ大学の生物海洋学者クリス・ラングドン氏はウェットスーツを着込み、フロリダ州キーラーゴ島近くの海に潜った。衰えつつあるフロリダのサンゴ礁を調査するためだ。フィールドは水深5メートルほど の海底で、フットボール場 がいくつも入るほど広い。ここでは昨年の夏にサンゴの大規模な白化現象が発生、大半が白く変色してしまった。

 サンゴの白化は水温の上昇や低下が原因で起こる。ごくわずかな水温の変化でも起こり得るばかりか、その打撃は大きく、取り返しがつかないことが多い。サンゴの体内には、サンゴに栄養を供給してくれる藻類がすんでいるが(鮮やかな色の源でもある)、その藻類がサンゴのポリプから放出されてしまうのだ。栄養源 を失ったサンゴは白くなり、最終的に死に至る。

サンゴの水槽をのぞき込むマイアミ大学のクリス・ラングドン氏。pHと温度の異なる水中でどの程度回復できるか、観察を続けている。(Photograph by Spencer Millsap, National Geographic)

 ラングドン氏は、海水温の上昇や酸性化といった、気候変動が海に及ぼす影響を解明する長期的な研究の一環として早朝ダイビングを行っている。中でも彼がサンゴ礁に目を向けているのは、世界の食料供給という観点からもサンゴ礁は重要な役割を担っているからだ。

 「海の熱帯雨林」ともいわれるサンゴ礁は、海底全体の面積の0.1%を占めるに過ぎない。しかし世界中にいる魚の4分の1がそこをすみかとしている。そこでラングドン氏は、海洋生物が環境の変化にどう適応できるのか明らかにしたいと考えている。

気候変動と保全のレース

 この40年、サンゴ礁に関するニュースは概して暗いものばかりだ。農地からの汚水流入、乱獲、沿岸の開発や、過度の観光客受け入れによってサンゴの生息地が被害を受け、危機に瀕している。

 海面温度も上昇している。米国環境保護庁によると、気候変動が原因で、最近30年間の海面温度は1880年代に観測が始まって以来最も高い水準を記録している。

 海の酸性化も進んでいる。大気中に蓄積された二酸化炭素は、地球の70%を覆う海にスポンジのように吸収される。海が酸性化すると、サンゴやカキなどの海洋生物が貝殻や骨格を形成する能力に悪影響を及ぼす。

 自然保護活動家のケン・ニディマイアー氏が設立し、キーラーゴ島を拠点とする非営利団体、サンゴ復元財団は、サンゴを養殖場で育て、フロリダのサンゴ礁に移植している。フロリダキーズ諸島のサマーランド・キーでは、モート熱帯研究所 がサンゴをより早く、大きく成長させる方法を研究中だ。

サンゴ復元財団のスタッフと共に活動する高校生。損傷したサンゴ礁に移植するため、サンゴの一種であるミドリイシを沖合の養殖場で選んでいる。(Photograph by Spencer Millsap, National Geographic)

 しかし、こうしたサンゴ保全への取り組みも、加速する気候変動のペースには追い付けないかもしれない。ラングドン氏によれば、海の温暖化と酸性化は現在、史上最速で進行しているという。

酸性化でも餌があればサンゴは生きられる

 ラングドン氏はかつて、サンゴ礁と海の酸性化について画期的な研究成果を上げたが、その舞台は驚くべきことに、アリゾナ州の砂漠の真ん中にあった。1990年代、地球の生態系を再現する実験として建てられた 閉鎖空間「バイオスフィア2」である。

 二酸化炭素濃度の上昇がバイオスフィアのサンゴに与える影響を調べた彼の研究は、2006年に『ニューヨーカー』 誌で詳しく報じられた。二酸化炭素の濃度上昇が、サンゴの石灰化と成長の能力を損なうことを突き止めたのだ。「pHのわずかな変化が石灰化の能力に影響するとはっきり示すことができ、研究は新しい段階に入ったのです」とラングドン氏は振り返る。

 ラングドン氏は2004年にマイアミ大学ローゼンスティール海洋大気科学校に移り、研究を続けている。 昨年12月のフロリダ海底調査では、数人の大学院生がラングドン氏に同行した。院生たちは番号を振った杭を観察対象のサンゴに付けて目印にし、研究用に小さな標本を採取した。マイアミの研究所では温度の違う複数の水槽に標本を入れ、餌を与え、毎週重さを測って、回復の兆候があるか観察する。

水槽のサンゴを観察するラングドン氏を、エリカ・トール氏が補佐する。(Photograph by Spencer Millsap, National Geographic)

 この冬、ラングドン氏と博士課程の学生エリカ・トール氏は、新たな研究結果の発表を予定している。海洋の酸性化が進んでも、ポリプが餌を得られる限りサンゴは環境に適応し、生存・成長できるというものだ。これまで研究者たちは、ポリプ内部にすむ褐虫藻に関心を集中させていたが、2人はポリプそのものに着目した。

 ラングドン氏は自身の研究努力を、事故の負傷者に対する応急処置にたとえる。「救急隊員が現場に到着するまで、負傷者を死なせてはなりません。私たちの取り組みの多くは、二酸化炭素濃度などの大きな問題を解決できるまで時間を稼ぐ応急処置です。私たちには変化を起こす力があります。そう難しいことではありません」

サンゴ礁の喪失による損害は計り知れない。面積は海底全体のわずか0.1%でありながら、世界中の魚の4分の1が生息する。(Photograph by Spencer Millsap, National Geographic)

文=Laura Parker/訳=高野夏美