第85回 オオカミの気配

 おもわずドキッとするような白さで、ぼくの腕の、肘から手のひらほどの長さがあり、太さも、ちょうど腕とおなじぐらいでした。

 そして、両側の端が丸みを帯びて、ふくらんでいました。

 <骨……?>

 それは、なにか大きな動物の骨のようでした。

 急いでジムを呼ぶと、それはムースの足の骨だということでした。

「……たしか数年前に、この近くでオオカミに襲われたムースの亡骸をみつけたことがある。この骨は、きっとそのときのだろう。よく見つけたね」

 まじまじと見つめてみると、その表面には、オオカミがかじったときの歯形のようなものが、筋となっていくつも刻まれているのが分かりました。

 ぼくは、ジムが撮影すると思って、脇にどいて「どうぞ、撮ってください」と言うと、ジムは首を横に振って、「君が見つけたんだから、君が撮りなさい」と譲ってくれました。

 ぼくは、いろんな角度からその骨を眺めたあと、構図を決めてシャッターを切りました。

 <ここに確かにオオカミがいたんだ……>

 その姿をこの目で見ることは、ついに叶いそうもありません。

 けれど、その白い骨は、オオカミの存在の確かな証拠として、薄暗い森の中で、わずかに光を放っているように見えました。

 その骨が手がかりとなったおかげで、まさにこの場所で骨をかじっているオオカミの姿を、リアルに想像することができました。

 やがて、想像の中のオオカミは、ムースの骨から離れると、しばらくゆっくりと歩いた後、1本の木の側で、こちらを振り返りました。

 そして、するどい視線をぼくに投げかけた次の瞬間、森の奥へとすばやく走り去っていきました。

 日本ではすでに絶滅してしまった、野生のオオカミ。

 もはやその姿を、日本の山の中で見ることはできない。

 ましてや、遠吠えが響き渡ることもありません。

 それどころか、足跡や獲物となった動物の骨など、その存在の気配すらも、感じることができなくなってしまったのです。

 ムースの骨を見つけたときに初めて、ぼくは、日本の自然が失ってしまったものの大きさを、肌で実感することができたような気がしました。

つづく

大竹英洋

大竹英洋(おおたけ ひでひろ)

1975年生まれ。写真家。一橋大学社会学部卒業。1999年に米国のミネソタ州を訪れて以降、北アメリカ大陸北部に広がる湖水地方「ノースウッズ」の森に魅せられ、野生動物や人々の暮らしを撮り続けている。主な著書に『ノースウッズの森で』(「たくさんのふしぎ傑作集」)、『春をさがして カヌーの旅』(「たくさんのふしぎ」2006年4月号)、『もりのどうぶつ』(「こどものとも 0.1.2.」2009年12月号)(以上、すべて福音館書店)などがある。また、2011年3月NHK BSの自然ドキュメンタリー番組「ワイルドライフ カナダ ノースウッズ バイソン群れる原生林を行く」に案内人として出演。近著は「森のおく 湖のほとり ノースウッズを旅して」(月刊 たくさんのふしぎ 2012年 09月号)
本人によるブログは「hidehiro otake photography」