第85回 オオカミの気配

 ジムはあたりを注意深く見渡しながら、息をひそめて言いました。

「ここにくると、謙虚な気持ちになれるんだ。自分がとても小さな存在になったような気がして……」

 奇しくも、ぼくが今回の旅の最後にたどり着いた場所は、ジムに弟子入りしたいと強く思うようになったきっかけのひとつ、『Chased by the Light』の90日の旅の入り口にあたる場所だったのです。

 最初の1枚を撮ったあと、ジムが辿った長い道のりを思い返し、ぼくは改めて、ジムが費やした努力と、成し遂げたことの困難さを理解して、気が遠くなりそうでした。

 ジムとぼくは、コケに覆われた森を、どこを目指すでもなく、ただ、さまよい歩きました。

 弾力に富んだ地面を歩いていると、それはまるで、巨大な生き物の背中……あるいは、体内を歩いているかのような感覚でした。

 このクロトウヒの森には、ニオイヒバの森とはまた違った、独特の芳香が漂っていました。

 アップルティーの匂いとでも言えばいいのか……どこかリンゴのさわやかな甘さを彷彿とさせる香りがするのです。

 そして、その香りは、シャクナゲのような葉を持つ、膝上ぐらいの高さの茂みの中を通り過ぎたときに、いっそう強くなることに気がつきました。

 その正体をジムに聞くと、それは、ラブラドール・ティーとよばれる植物だということがわかりました。

 試しに、その葉を指先でもんで、鼻先に近づけてみると、なるほど、ずっと感じていた、あの独特の香りがしました。

 ティーと呼ばれるだけあって、昔からこの土地にすむ先住民たち、この葉でお茶を作って飲んでいたのだそうです。

 森を歩き続けていたあるとき、ふと、ぼくは足下のコケのなかに、なにやら白い棒切れのようなものが横たわっているのに気がつきました。