第85回 オオカミの気配

 やがてカヌーは、ディスカバリー湖の南の岸へと辿り着きました。

 上陸すると、そこから広がる森は、これまでに歩いたところとすこし雰囲気が違うことに気がつきました。

 この辺りでよく見られるような、岩盤がむき出しの固い地面はまったくありません。

 そのかわり、地面一帯が、足首まで埋まるような分厚いコケに覆われ、クロトウヒと呼ばれる直径30センチほどの細い木ばかりが生えていました。

 そして、数えきれないほどの倒木が、コケに覆われて横たわり、そのやわらかな地面を歩くと、ときおり倒木の上に乗って、ギシギシと不気味な音が足に伝わってきました。

 ジムによると、ここが、森のリトルピープル、つまりモッキーと呼ぶ小人たちのすむところなのだそうです。

 波打つようにでこぼことしたコケの下に彼らの家があり、ところどころで生えているキノコたちは、彼らの使うイスやテーブルなのだそうです。

 ぼくはその光景を見て、ニオイヒバの森へ行ったときと同じように、ジムの作品のなかに、見覚えのある写真があったのをすぐに思い出しました。

 2つの湖を越えて辿り着いた秘密の森。足首まで覆う緑のコケ。そして、森の小人たちをもてなしたミニチュアの家具……。

 それは、90日の間、1日に1枚だけシャッターを切るというプロジェクト『Chased by the Light』の、最初の写真が撮られた場所にちがいありません。

 取り立てて美しいわけではないけれど、だからこそ自然のままに残された場所……ジムは、そのプロジェクトを始めるにあたって、他のどこでもなく、この場所をあえて選んだのです。