第85回 オオカミの気配

 まるでクロード・モネが描いた画のように、空の青さと、森の緑を映した水面に、まっ白なスイレンの花が、ちらほらと浮かんでいました。

 以前、ジムがジュディといっしょにカヌーを漕いでいたとき、世界最大のシカであるムースが、この場所に現れたのだそうです。

 ジムが試しに鳴き声を真似てみると、そのオスのムースが興奮して、水をバシャバシャと激しくまき散らしながら、カヌーに突進してきそうな勢いで近づいてきたのだと、すこし冗談めかして話してくれました。

 いまぼくたちの目の前には、静かで、穏やかな風景が広がっているだけでした。

 が、そこには、この湖にずっと通い続けたジムだけが知る、さまざまな物語が隠されているのです。

 <オオカミは……いったいどこにいるのだろう?>

 ジムに会えたいま、野生のオオカミをこの目で見ることは、この旅の残された目標でした。

 ぼくは、今日が最後のチャンスだろうと思って、カヌーを漕ぎながらもずっと、湖岸に目を凝らしていました。

 しかし、その姿はどこにも見当たりません。

 ふと、カヌーの後ろから、シャッターを切る音が聞こえました。

 それは、ジムがスイレンの花を撮影している音でした。

 ぼくもカメラを取り出して撮影を始めると、後部座席にいるジムが、カヌーが揺れないように水面をパドルで押さえたり、アングルが良くなるようにと、細かく調整してくれるのが分かりました。

 すこしでもいい写真を撮って帰れるようにという心遣いが、胸に染みました。