第118話 耳が聞こえなくても……。

「コラ!」

 太くドスの利いたトーニャの声が雪原に響き渡り、犬たちのケンカはピタリと止まったけれど、橇のライン類は、まるでスパゲッティーように絡み合ってしまっていた。

 それを解くために、私は橇を止めて、トーニャのチームに駆け寄った。

 ラインに絡んでいる犬たちが、なんとも情けない顔をしていた。

 犬橇をしていてケンカになる原因の多くは、オスのプライドがぶつかるときだ。

 トーニャの橇は、重量があるので、私の橇よりもオスの数が多い。

 そのためトーニャは、オスたちの主張をもコントロールしていかなければならないのである。

(写真クリックで拡大)

 ようやくスパゲッティーを解いて、私は再び「ハイク!」と声を上げて、橇を出した。

 そのときだった!

 いきなり、「ギャイ~ン」と悲鳴が鳴り響いた。

 遠くの風景から、私は犬たちの背中に視線を戻すと、私は目を見開いた!

 アンが!

 耳の聞こえないアンが!

つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/