第118話 耳が聞こえなくても……。

 出発は、相変わらず興奮に包まれた。

 アンや若手の犬たちなど、高揚を抑えられずに鳴きわめいている。

 飛び跳ねまわり、橇はまだ杭に繋ぎ留めてあるにもかかわらず、それをなぎ倒さんばかりの力で、強引に橇を引こうとする者もいる。

「落ち着いて! まだ出発もしていないうちからエネルギーを使わないでよ!」

 そんな言葉で、犬たちの興奮をなだめようとするが、まったく効果がない。

 彼らをなだめるには、一刻も早く「ハイク!(走れ!)」と指示を出すことだ。

 橇の状態と犬たちがまっすぐに並んでいることを確認すると、私は、その言葉を発した。

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 すると犬たちは、まるでブザーが鳴って急発進したジェットコースターのように走り出し、ロッジ前の最初の下り坂を降りていった。

 森の中を走り、山を越え、小さな湖が凍ってできた雪原地帯に出ると、そこからは、新雪で道筋が消えていて、行く先が分からなくなってしまった。

 こうなると、リーダー犬たちは辿る道を見つけられず、混乱してジグザグに走ってしまう。

 トーニャは橇から降りて、リーダー犬を引っ張って、こっちの方向だと教えながら前を歩きはじめた。

 が、ある程度進んだところで、トーニャが再び橇に乗ろうと後ろに戻ってくると、犬たちまでついて来てしまって、まるで自分の尻尾に噛みつくヘビのように、犬橇の列が円を描いている。

 挙句には、列が乱れたことによって、犬たちのケンカがはじまる始末……。