タイやカンボジア、ベトナムに囲まれたタイランド湾でウミヘビを捕まえるのは、危険な作業だ。船上で体をくねらせるヘビの山をはだしでかき分ける漁師たちのなかには、ヘビにかまれて毒で命を落とす者もいる。それでも最新の研究によれば、タイランド湾のウミヘビ漁は、全世界の海生爬虫類で最も漁獲量が多い可能性があるという。
「Conservation Biology」誌は2014年12月、タイランド湾におけるウミヘビの漁獲量の試算を発表した。同時に、誰がウミヘビを売買しているのか、ウミヘビ漁がサイの密猟に間接的に影響している、といった新たな研究結果も示された。命をかけてウミヘビを捕まえる漁師たちは、サイの角を粉にして飲むか、ぶつ切りした角を傷に塗れば、ウミヘビの毒に侵された体を治療できると信じている。
タイランド湾でのウミヘビ漁には、何人かの科学者が懸念を示している。どのような種がどれくらい生息するかさえわかっていないため、持続可能な漁獲量を判断できないのだ。また、ウミヘビの毒に含まれる化合物は適切に処理して適量を投与すれば、心臓疾患などの治療に利用しうるのだが、乱獲がそうした薬効利用の妨げになりかねないとも、科学者たちは心配している。
ウミヘビ漁はベトナムのイカ釣り漁師の副業となっていて、漁獲量は年間80トンを超える。約22万5500匹に相当し、取引高は300万ドル(約3億6000万円)を超える。ウミヘビ漁の絶好のチャンスは、月が明るくなりすぎる直前の夜だ。イカ釣りの間にウミヘビも捕まえられる。
研究論文の主執筆者で、ナショナル ジオグラフィック協会から支援を受けているゾルタン・タカシュ氏によれば、水揚げされたウミヘビのほとんどは中国やベトナムに運ばれるという。レストランではウミヘビの肉を使ったスープや体を丸ごと漬け込んだ酒、血の入った酒が提供されている。心臓、胆のうなどの臓器は関節痛や食欲不振、不眠に効くとされる薬の原料として重宝されている。
治療薬の無駄遣い?
米国シカゴのフィールド自然史博物館でウミヘビの研究をするジョン・マーフィー氏によれば、食用や医薬用としてウミヘビを捕まえる行為は今に始まったことではないという。マーフィー氏は「タイランド湾の漁獲量が多いのは中国市場の需要によるものでしょう」との見解を示している。ヘビは中国の伝統医学の象徴だと、マーフィー氏は説明する。中国の好調な経済にも後押しされ、「ウミヘビに限らず、ヘビの需要は巨大です」。
米国ニューヨークにあるトクシンテック社の薬理学者として動物の毒を専門に研究しているタカシュ氏によれば、ウミヘビの需要は西洋医学にも広がり、世界中で求められているという。「心臓発作の治療薬トップ3のうち二つに、ヘビの毒が使われています」。だが、タイランド湾のウミヘビがもつ毒の有効性については、まだ研究されていない。「治療に使える毒が、無駄遣いされているかもしれないのです」。