第21回 クマムシ界の猛獣をてなずける

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 今回からしばらく、肉食性クマムシのオニクマムシの飼育について書いていきたい。

 生物学の研究では、研究材料となる生きものを安定的に確保するために実験室で飼育・培養する必要がある。また、野外の生きものは時期や場所により生理状態にばらつきがあるため、実験結果がぶれやすいという問題も出てくる。

 クマムシについては長らくの間、野外で採取した個体を研究に用いることが常識であり、しっかりとした飼育システムの構築が報告され始めたのは2000年をすぎてからである。

 クマムシ研究者である慶應義塾大学の鈴木忠博士はプラスチックシャーレに寒天(アガー)を固めたものを培地とし、そこに水と餌となるワムシを入れることで、肉食性クマムシであるオニクマムシの人工飼育を成功させた。第9回で紹介したように、このクマムシ界の猛獣は微小動物のワムシが好物だ。ちなみに、鈴木博士が用いたワムシはアメーバの培養槽に湧いてきたものである。

 鈴木博士が2003年に発表した論文を読み、私も自分で採取したオニクマムシの飼育にチャレンジすることにした。私の場合は餌のワムシはコケから出てきた小さなヒルガタワムシを使うことにした。このようにして、放射線を照射したあとのオニクマムシの生存能力や生殖能力を調査しようとしたのである。

 飼育を開始した日、培地の上をのしのしと歩き回るオニクマムシを何時間も飽きずに見ていた。野獣のごとくワムシを食べるようすもエキサイティングな光景だった。「クマムシはてなずけられる」。クマムシをペットのように飼えることに感動していたのだ。のちに、自分がこのオニクマムシにさんざん苦しめられるとは露ほども疑わずに。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad