その研究は、本当に幅広く、特に発達段階の赤ちゃんであるがゆえに、きわめて総合的な学問にならざるをえない。なにしろ、特定の感覚が組織化される前のなんにでも反応してしまうような時期から扱うのであるから。

 それゆえ、ぼくは「脳という大海にこぎ出た大博物学時代」というような印象を抱いたのだが、当然、多賀さんは、さらに進んだ「理論」を導こうとしている。

「今はグランドセオリーがないんです。しかも、ビッグデータとか、大量にデータはあって、そのデータの中でどういうことが起きてるか、もう理解するのはあきらめちゃって、ただ記述できればいいっていう考え方もあります。でも、それだと僕自身はいやなんですね。ある種、科学のロマン派みたいかもしれませんけど、グランドセオリー的なものがないと理解が深まらないんじゃないかというふうに思ってまして、何とかそういうところをつなげていきたいなと思っています」

 赤ちゃんというスウィートな存在が、我々、ヒトの存在の謎を解くようなグランドセオリーへつながる道を開いてくれるかもしれない。博物学時代、偉大なグランドセオリーを考えだした例としては、やはりチャールズ・ダーウィンの進化論を思い起こす。多賀さんは、やがて、「赤ちゃんの脳・進化論」を構想するのだろうか。我々はそれを待ちつつも、まさにスウィートで驚きに満ちた個々の発見を今は楽しむとしよう。

 というわけで、最後の最後に、多賀さんの研究室で最近見いだした「発見」をひとつ。

 ずばり「音楽の起源」にもかかわるものだ。

「これは百聞は一見にしかずなので、まず動画を見てください」と多賀さんはパソコンの画面で再生した。

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