第2回 ハーバードでの歓喜と苦闘

僕が研究にいそしんでいた建物。サクラの老木が5月初旬に花を咲かせ、すり減った気持ちを潤してくれる。

「シミュレーションで自然環境の変動を再現し、将来を予測したい!」

 こういう熱意に燃えて、僕はハーバード大学の博士課程に進学した。ちなみにアメリカの大学院の仕組みは日本のものとだいぶちがう。日本では、2年間の修士課程(博士前期課程)を修了したのちに3年間の博士課程(博士後期課程)に進学し、博士号を取得するのが基本である。アメリカはかなり事情が異なっていて、僕が進学したハーバード大学の部局(Department of Organismic and Evolutionary Biology、日本語にむりやり訳すと、「個体・進化生物学科」となる?)には、6年間の博士課程だけが存在していた。

 もちろんアメリカには、修士課程をオファーしている大学もたくさんあり、修士号を取得して就職する学生は数多い。しかし僕の入った学科はそのような学生は受け入れず、入学者全員が博士号を取って研究者になることが前提だった(※1)。ここに入学してくる学生には、ほかの大学で修士号を取ってから来る人もいれば、学部を出て直接入ってくる人もいた。僕はワイオミング大学での勉強と研究をやりまくったことが奏功し、直接博士課程に入ることができた(※2)。

 アメリカの大学院のすごいのは、その奨学金制度だ。多くの博士課程では、入学を許可される学生全員に奨学金が保証されている。その額は、学費全額に加えて、stipendという毎月の「給料」も支給され、生活費に充てることができる。もちろん返済の義務なんてない。義務感として背負っているのは、立派な研究者になってほしいという大学からの淡い期待だけだ。もちろん結果として研究者にならなくても何のペナルティもない。ハーバード大学ならば、学費とボストンエリアでの生活費を6年分。じつに数千万円に相当する。

 この度量の大きさがアメリカのすごいところだと思う。こういう好意のおかげで、大学院生たちはバイトの心配などをすることなく勉強と研究に集中できる。ただし、日本の大学院より待遇が良いということは、集まる学生のレベルが高くなるということも付け加えておかねばならない。給料をもらいながら学位が取得できるのだから競争倍率ははね上がる。当然といえば当然だ。これは、好待遇で優秀な人材をリクルートするという大学の戦略や国策でもあるのだ。そして、大学にここまで環境を整えてもらったら、勉強や研究がうまくいかない言い訳として「苦学生」なんて理由はなくなってしまう。成功も失敗も、結果はすべて自分の責任として受け入れねばならないのである。


※1 博士課程2年目の終わりごろにQualifying Examという重要な「進級テスト」があり、これに落ちると強制的に退学となる。そしてその際に、「残念賞」として修士号をもらえる可能性もある。

※2 アメリカの大学院入学の可否は、学部の成績・GREという全国統一テストの結果・研究計画書・推薦状の内容などによって複合的に決まる。