いよいよ、活発に動く赤ちゃんの脳の話になるのだが、多賀さんは、ここでもひとつひとつ基礎を積み重ねつつ説明する。本当に、こういう分野は、テーマ自体、キャッチーなので、少しずつ積み上げるように理解していなかないと、いわゆる「チェリー・ピッキング」(つまみ食い。研究成果などでおもしろいことだけを取り上げること)になって、全体を見誤ることにもなりかねない。

 ここでも、最初に教えてもらったのは、研究の基本ともいえる、しかし、それ自体は地味な「ハビチュエーション」研究だ。ハビチュエーションは、馴化(じゅんか)と訳されているけれど、要は馴れてしまったり、飽きてしまったりして反応が鈍くなる状態のことを指す。飽きている状態が大事というのもなにかぱっとしないが、睡眠中の研究が大事だったように、実に大事なのだという。

「同じ刺激を繰り返し与えられるとだんだんそれに対して飽きがきてしまうというのは、学習の基本的な性質として、実際の行動研究で非常によく使われてるんです。例えば同じリンゴの絵を見て、そのときにリンゴの絵を何秒見たか注視時間を測ります。繰り返し繰り返しやると、注視時間がどんどん減ってきますが、急に黄色くなったリンゴを見せたときに、赤ちゃんが『あれっ』となって、そこでまた注視時間が延びるんです。これを脱馴化っていうんですけど、非常に強力なツールとして行動研究では使われてきていて、赤ちゃんの研究のほとんどがその性質を使って調べられていると言っても過言ではないんです。でもその時に脳で何が起きているかはまったく分かっておらず、我々がそこを研究しはじめたわけです」

 たしかに、いったん飽きていた状態から「あれっ」となる瞬間というのは、赤ちゃんがそれまでに経験しなかった新たな出来事に注意を向ける瞬間でもある。まさにその時、脳がどう働いているかを見れば、認知行動と脳の活動の関係に迫ることができるのではないか。そう考えると、非常に合理的なのだった。

多賀さんは覚醒した状態の研究(アクティベーション・スタディ)でも先駆者である。(写真クリックで拡大)

つづく

「研究室」に行ってみた。

当連載が本になりました! サバクトビバッタ、宇宙ベンチャー、バイオロボティクス、超重新元素合成、宇宙エレベーター、地理学の6つのテーマに絞り、川端さんが加筆修正をしたうえ、それぞれの研究者からのメッセージも加わっています。ぜひお手にとってみてください。
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多賀厳太郎(たが げんたろう)

1965年東京生まれ。東京大学大学院教育学研究科教授。博士(薬学)。専門は発達脳科学。89年、東京大学薬学部卒。94年、同大学院薬学系研究科博士課程修了。京都大学基礎物理学研究所学振特別研究員、ボストン大学神経筋研究所博士研究員、東京大学教養学部基礎科学科助手などを経て、09年より現職。主な著作に『脳と身体の動的デザイン―運動・知覚の非線形力学と発達 (身体とシステム)』 (金子書房)がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。ノンフィクション作品に、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。 近著は、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)。本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider

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