第117話 オリバー爺さんの森からの授業
数年ほど前のことだ。
都会の男たちが3人、スノーモービルで森やツンドラを走るツーリングに出掛けた。
が、ドームと呼ばれる標高が高く木の1本も生えていないようなツンドラの丘で遭難し、軽装だった彼らは、その夜の暖をとるために、3台のスノーモービルに火を着けなければならなかったのだという。
アラスカの冬は、常に死と隣り合わせにある。
ほんの気の緩みや甘えが、すぐにも死につながることもある。
だからこそ、冬の準備は、十分過ぎるほどしなければならないというのは、重々分かってはいるけれど、今回の私たちは、正直なところ、装備が完全だったとは言えない。
結局私たちが一晩暖をとるために切った木々というのは、厳しい自然環境のなかで、一生懸命に立ち生きている木々だった。
そんな貴重な植物の命を切り、火をつけ、暖をとらなければならない情況を、私たちは作ってしまったのだ。
それは、やはり反省しなければならない点だ。
けれど、そのことに胸を痛めることで、私たちはまた一段、成長の階段を登ったような気がする。
オリバー爺さんのソッドハウスを見ることは叶わなかったけれど、私たちは、オリバー爺さんからの森の授業を受けたような気がした。
そして、一息ついて落ち着いた私たちは、見つめ合って笑った。
「やっぱり、犬橇が一番ね!」と。
つづく

廣川まさき(ひろかわ まさき)
ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/