結局、私はこの橇の中では眠れなかった。
すっぽりとはまり過ぎて、寝返りが打てないどころか、脱出するのも一苦労。
しばらく寝てみただけでも、体じゅうの筋肉が凝ってきて、人間というのは、じっとしていられないものだなあ、とあらためて感じた。
トーニャのところで一緒に寝かせてもらうことにして、橇から這い出ると、
「じゃあ、私が橇で寝るわ!」
と、トーニャが言う。
が、どう考えても、私より体が大きいトーニャが、橇に収まるワケがない。
それでも、橇の中で寝ると言うから、私は雪上キングサイズベッドを手に入れ、寝転んだ。
やはり雪上となると、枝葉を敷いていても冷たさが伝わってくる。
それも仕方がないと受け入れ、寝袋に包まっていると、今度は、頭が外気にさらされていることで、頭が冷え過ぎて、キーンとするような軽い頭痛がしてきた。
口から吐く息が、寝袋の生地に付着して凍りついている。
冬の野宿は、どうしたって寒さからは逃れられない。
けれど、私は疲れ過ぎていたためか、体が地面に沈んでいくように重くなり、眠気がゆっくりとやってきた。
雪山遭難で死ぬのって、こんな感じなのだろうか?
寒いはずなのに、なんだか心地いいよ……。
寒くて頭痛がするのに、なんだか幸せな気分になってくる……。
なんだろう、この感覚……。
もしもこれが、凍死する過程ならば、苦にならない死に方なのかもしれないなあ……。
つづく

廣川まさき(ひろかわ まさき)
ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/