第1回 僕が森の研究をはじめたわけ

 僕はナニモノなのか。肩書きや業績をならべることは簡単だけど、ほんとにナニモノかというと、自分でもよく分からなくなってくる。WEBナショジオにブログを書かせていただくこの機会をちゃっかり利用して、思うことをいろんな側面から書きつつ、自分のためにも整理してみようと思う。

 生まれ育ったのは四国・徳島県のいなか。生家は農家で、当時も現役で活躍していた明治時代の足踏み水車(※)で遊んだり、ザリガニ・フナ・メダカ・ゲンゴロウなどとたわむれたりしながら幼少時代を過ごした。

 こういう経験は、自然のことを研究してる人にはわりとよくあるエピソードなんだけど、僕にはその後、屈折の季節があった。この経験がその後の研究にも生き方にも大きな影響を与えていると思うので、すこし語らせていただきたい。

 僕の家庭は中学生のときに崩壊し、生家からも追い出されることになった。経済的な問題が大きく、大学に行けなくなった。勉強はかなりできたほうだったけど、とつぜん前途が閉ざされて、なかなか気持ちの整理がつかなくなった。きちんと就職してまじめな社会人におさまる気にもなれず、中途半端な状態でさまよっていた。かといって、バイトや奨学金で大学に通い苦学生をするのも気に食わなかった。つまり、自分の置かれていた状況にふてくされていたんだ。朝は魚市場でバイトして、夜は学習塾でバイトするような生活をしていた。

 人生の目的がよく分からない。しかし、そんなときでも漠然と、「何かの専門家になりたい」、そして「何かを表現したい」なんてことは考えていた。大学に行ってなくても優秀であることを証明したいと思って、司法試験の勉強をしたこともある。とにかく世の中を見返してやりたいと思っていた。しかしこれは自分で設定したオリとなって、そのなかに閉じ込められたまま、前途には何も見えていなかった。

 どうせこのままいっても楽しいことがない人生。でもそれって、捨てるのを迷うほど価値のあるものが何もないってことで、むしろ身動きしやすいんじゃないかと、ある日とつぜん気づいた。屈折したプライドは真っ先に捨てればよい。大学に行ってない僕が誰にも見向きもされなくてくやしいなら、大学に行けばいいのである。

※ 用水路から人力で水をくみあげて田んぼに入れる木製マシン

イエローストーン国立公園で掘り出したロッジポールマツの根っこを洗い、 泥を落としているところ。このあと根っこを乾燥させ、重さを測る。