モンベル社にお願いしたのは少し複雑な構造の寝袋である。まず寝袋本体は羽毛と化繊の2層構造。これまでの経験から寝袋の内側は身体の熱で水分が放散されるので、常に乾いた状態にある。そのため羽毛を使っても濡れることがないので保温力も落ちないはずだ。一方、外側は放散した水分が凍りつくので、そちらは濡れても保温力の落ちない従来通りの化繊を使うことにした。

 さらに外側から寝袋にかぶせる薄い化繊のオーバー寝袋も特注した。これは、寝ている間に外に放散していく水分をわざと吸わせて、凍らせるためのものである。寝袋本体が凍ってしまうと大きすぎて乾かせないが、薄いオーバー寝袋なら停滞時にテントのなかでコンロで乾かすことができるはず。できるだけ頻繁に乾かせば、寝袋に巨大氷ができることもなくなるに違いない。それが狙いである。

 だんだんと装備が出来上がっていくと、いよいよ出発が近づいてきたという焦りのような気持ちが湧いてくる。今までは極夜に行くと口では言ってきたが、かなり先の話だったので自分の中でも現実感に乏しかった。それがこうやって具体的な準備が始まっていくと、嫌でも苦しい旅のことを考えざるを得なくなってくる。極夜の闇の中を4カ月間も旅する。そんなことが本当に可能なのか。自分が旅立つ日が現実にやって来るのだろうか。今回特注した装備が予期した効果を発揮してくれるのかも含め、様々なことを想像しただけで期待よりも不安で胸が苦しくなってくる。旅のことはまだあまり考えたくないというのが、今の正直な気持ちだ。

角幡 唯介(かくはた ゆうすけ)

1976年生まれ。2002年~2003年に、長らく謎の川とされてきたツアンポー川の未踏査部5マイルを単独で探検、2009年~10年にも単独で踏査し、その全容を解明した。2015年に、北極の極夜(1日中夜が続く)の中、GPSを使わず六分儀を使った方法で、北極圏を1200~1300キロを単独で踏破する探検に挑む。著書『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞、『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞など受賞多数。著書はほかに『探検家、36歳の憂鬱』(文藝春秋)など。

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