この連載では2050年には世界の人口が90億人となり、食料危機に陥ると危惧されている中で日本の食料事情の現状はどうなのか、これからどうなるのかについてを、その分野の第一線で活躍されている方々に伺ってきた。食べ物の大切さを考えるにあたって、コンニャクのような特産物が日本にあること、そしてそれをつくり続ける生産者がいることはありがたいことなのだとあらためて思う。

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 できあがったコンニャクを刺身用に薄く切った。つくりたては刺身にしてワサビ醤油で食べるのが一番美味しい。3歳の甥が「ちょうだい、ちょうだい」と手を出してきた。実はコンニャクが好きなのは私だけではない。一緒に来ていた妹も、その子どもたちも大好物なのだ。

 母にしてみれば、小さい頃から出荷を手伝い、しょっちゅう食卓に上がっていたコンニャクはいい思い出ばかりではないようで、「なんでみんな好きなのかしらね」と笑うのだが、私には甥たちが好きな理由がわかる。私と同じように東京の下町に住んでいる彼らは、“田舎”である群馬に行くのをいつも楽しみにしていて、山に行ったり畑で芋掘りをしたりしてめいいっぱい遊んでいる。

 ふだんは味わえない環境でありながら、心を許して伸び伸びできる場所。群馬に来れば食べられる祖母のコンニャクは、自分たちの原風景を象徴する食べ物なのだ。

 刺身コンニャクとけんちん汁がお昼の食卓に並んだ。待ちかねた甥たちが、料理が並ぶや否や「いただきます」と言ってコンニャクをほおばった。私も口に入れる。土のにおいがふわりと香った。スルリとした口当たりでみずみずしく、素朴だがほのかな甘みが舌にしみじみと伝わってくる。ただ、祖母に教わりながらつくったのにやっぱりいつもよりちょっと固かった。祖母のコンニャクにはほど遠いけれど、甥たちが笑顔で食べているところを見ると、まずまずなのかな。

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 やんちゃな盛りで食べこぼし、妹や母に怒られているが、そんなにぎやかな食卓を祖母は楽しんでいるようだ。近所に親戚がいるが、祖母は基本的に一人で暮らしている。90歳と高齢なので母が東京に来ることもすすめたようだが、いっさい首を縦に振らなかった。一時期は気落ちしていたけれど、また農業を始めている。コンニャク芋は来春も植えるそうだ。

「ケンカばっかりしていたけどね」と言うけれど、60年以上も祖父と暮らしたこの土地で、祖父から教わったコンニャクをつくり続けるのだろう。思えば、かぎっ子だった私が一番にぎやかな食卓を囲むのは正月だった。両親や兄弟はもちろん、叔父や従兄弟たちと、みんなが祖父母の家に集まって、この日のように笑顔に満ちていた。来春は私もコンニャク芋を植えにこよう。そう思ってコンニャクを噛み締めた。ごちそうさまでした。

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おわり

中川明紀

(撮影:森山将人)

聞き手・文=中川明紀(なかがわ あき)

講談社で書籍、隔月誌、週刊誌の編集に携わったのち、2013年よりライターとして活動をスタート。インタビュー記事を中心に、雑誌や電子出版物で活躍している。Webナショジオでは連載「世界魂食紀行 ソウルフード巡礼の旅」を執筆。

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