第83回 トム・ブラウンの教え

「おっ、いい雲だな……」

 ぼくもとっさに、ジムのみている窓を覗くと、遠くの空に浮かぶ雲が見えました。

 それは、夏特有のもくもくと膨らんだ巨大な積乱雲でした。

 斜めから差し込む夕日が、表面のふくらみを立体的に浮かび上がらせ、ほんのりとピンク色に染めはじめていました。

「そうだ、あそこにいこう……」

 ジムは独り言のように、そうつぶやくと、アクセルをふむ足に力をこめました。

 どうやらあの雲を撮影することに決めたようです。

 辿り着いたのはぼくにとってははじめての場所で、駐車スペースのすぐ近くに湖がありました。

 車をとめると、ジムは急いで後部座席からカメラを取り出し、首から下げると、湖にむかって歩き出しました。

 ぼくも車を降りて、後ろを着いていくと、ジムは砂利の敷きつめられた湖岸に立ちました。

 しかし、雲の方角は左手の岸に生える木々に遮られて見えません。

 <どうやって撮るんだろう?>

 そんなことを思った次の瞬間、ジムは、スニーカーを履いたまま、水の中に一歩を踏み出し、なんとそのまま、ジャブジャブと音をたてながら、湖の中を進んでいったのです。

 ズボンが濡れるのを気にする様子もなく、とうとう股下が水に浸かるぐらいの深さにまで行くと、ようやく立ち止まり、雲の方を向いてシャッターを切りはじめました。

 そこがきっと、ベストな構図を得るために必要な場所だったのでしょう。

 が、何のためらいもなく、水中を突き進んでいったジムの姿に、ぼくは驚いてしまいました。