涙なくして語れないタマネギの歴史

催涙作用と薬効

 タマネギ自体も、よくできた「戦う機械」だ。タマネギを噛んだり、かじったり、スライスしたりして傷つけると細胞が損傷されたことを察知したタマネギは、ある種の酵素を出す。この酵素は、ふだんは無害の化合物に作用して、におい成分や目に痛みを与える分子を大量に放出する。

 これはタマネギが動物による攻撃から身を守るために進化させた機構である。タマネギを食べてこの強烈な忌避剤をくらった動物の大半は、二度と食べてみようとしなくなる。

 タマネギをナイフで切ると発生する催涙物質は、syn-プロパンチアール-S-オキシド。切って数秒もしないうちに、この物質が目の角膜に飛んできて神経終末を活性化する。刺激物質を検知した神経終末は、涙腺にシグナルを送って涙を分泌させ、侵入物を洗い流そうとする。

 対策としては、タマネギを切るときにはゴーグルをする、換気扇を回す、冷たい流水中で切るなどの方法があるが、どれも絶対に大丈夫とは言えない。

 われわれをひどい目にあわせるタマネギだが、役に立つ面もたくさんある。タマネギやニンニクの汁は、あまり強くない抗生物質である。米国の南北戦争の時代には、タマネギの汁は銃によって負った傷の治療によく用いられていた。北軍のグラント将軍はタマネギがなくなったときに、ワシントンの陸軍省に「タマネギがないかぎり私の隊は動かさない」という怒りのメモを送っている。もちろん陸軍省はすぐに荷車3台分のタマネギを将軍に送った。ニンニクは第一次・第二次世界大戦中にも殺菌に用いられた。

 医薬品がないときにはこれらは悪いやり方ではないことが、現代の研究により証明されている。例えば、ニンニクの汁は連鎖球菌、ブドウ球菌、発疹チフスを引き起こすリケッチア、赤痢菌を抑制することがわかっている。ネギ属の植物を投与することは、最適ではないにしても、なにもしないよりはましなのだ。