第5回 “楽園の人類学”の扉はどのように開かれたのか

 実は、ぼくはほんの一時、ニュージーランドに住んでいたこともあって、人類拡散の歴史の終着点である「リモートオセアニア」の人類学・考古学に興味がある。その方面に明るい知人に聞いたところ、日本には専門家が少ない分野だが、ひょっとするとこの人ならよく知っているかもしれない、と名前を伺っていたのが小野林太郎さんだった。

 主なフィールドはインドネシア東側海域の島々や東ティモールだから、むしろ「ニアオセアニア」が中心。しかし、ミクロネシアやポリネシアでのフィールド研究もあるし、「リモートオセアニア」の研究動向にも詳しいに違いない、と。

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 しかし、実際にお話を伺うと、小野さんのフィールドの多彩さ多様さに目を奪われた。なにしろ、時代にして4万2000年前の遺跡から、数百年前の遺跡までカバーし、地理的にもインドネシア・東ティモールを起点としながらも太平洋各地に飛んでいる。

 小野さんは、どうして、このような幅広い分野に足を踏み入れることになったのか。そのストーリーから垣間見る日本の考古学・人類学の特徴というのもあって、ぜひ紹介したい。

「私は、北海道の出身で、父親が地理、それも氷河とか山の研究者だったんです。小さい頃から、フィールドワークみたいな形で父親に連れていかれたりしていたんですけど、ほとんど北国の山で、だからもう私の中で「山」と「寒い」っていうのは1つのイメージになってしまいました。あれはもうごめんだと思って、対極のことがやりたいと(笑)。そうすると、やっぱり山の反対としては、海。それも何かハワイみたいな暖かい楽園みたいなところで研究できたらめちゃめちゃ面白いじゃないかというノリで、人類学に興味を持ったんです」

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本誌2014年12月号では人類拡散の足跡をたどる特集「人類の旅路を歩く 「約束の地」レバントへ」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。ぜひあわせてご覧ください。