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 ラピタ文化は、特徴的な文様の土器で知られている。担い手であるラピタ人は、今のポリネシア人の祖先であり、前にも言及したオーストラロネシア語を話していた人たちでもある。彼らは特徴的な土器を携えて、リモートオセアニアへと旅だった。ニューカレドニアや、フィジーといったメラネシアの島々に初めて入り、数百年でサモア、トンガなど、ポリネシアの一番西の端まで一気に行っている。さらに1000年ほどの停滞期の後で、ポリネシアを制覇する。地球上の人類拡散の最終章だ。

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 興味深いのは、彼らは、ある時から土器を作るのをあっさりとやめてしまったこと。だから今、ラピタ土器を作っている島はどこにもない。ミステリアスな文化で、考古学的にも人気がある。

「ラピタっていうのは、ニューギニアの東のビスマルク諸島やニューブリテン島とかその辺の島で突如、非常に特徴的な土器を持った人たちの遺跡が出てくるんです。今のところ一番古いのが3300年ぐらい前だと言われていまして、それより古い年代のラピタ遺跡はまだ見つかっていません。そういう文化が伝わったとしたら、東南アジアを通って、インドネシア、このウォーラシア海域を通って行ったんじゃないかっていうふうに言われてきました。それで私もこの途中のところにあるはずの島々で調査をしているんですが、土器は出てきてもラピタの土器につながるようなものが出ないんです。ブキットテンコラックの遺跡は位置的にも時期的にも、ラピタにつながるものが出ればいいと思っていたんですが、出ませんでした」

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 実は、ブキットテンコラックからは、ラピタ人が愛用したビスマルク諸島タラセア半島産の黒曜石が多く出土しているそうだ。産地から約5000kmも離れて運ばれており、驚かされる。しかし、それでもラピタの土器は出ない。そこで最近は、ラピタ人は、インドネシア・ウォーラシアのルートではなく、フィリピンの北部から直接来たのではないかなどという考察もされているそうだ。いずれにしても今も謎に満ちている。

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