第2回 人は約3万5000年前から100キロの海を渡っていた

「遺跡が古い方から行きましょうか。3万5000年前の、タラウド諸島リアンサル遺跡。貝ばかり出てくる遺跡です。ウォーラシア海域の中でも古いほうで、時期的には第1の波です。ここが非常に面白いのは、とにかく離島域で、おまけに周りがかなり深い海なんです。おそらく氷河期、特に更新世期のLGM(最終氷期の最寒冷期)とか最も海面が低かった時代でも、近くの島々から100キロぐらいは離れていたはずです。そういう島に3万5000年前ぐらいに人が到達している。意図したのでも漂流したのでも、100キロの距離を渡るだけの技術が、ここにあったということです」

 100キロの深い海を渡るにはどういう技術が必要だったのだろうか。アウトリガーがついた安定性のある船ができたのは第2の波以降とされているようで、はたして筏のようなもので渡ったのかと想像をたくましくする。しかし、そのような技術を持った人たちが食べていたのが貝ばかりというのも不思議だ。同時に石器が出るそうだが、その用途も謎だという。

 さらに、もうひとつおもしろい点。

「実はこの遺跡は、3万5000年から8000年ぐらい前まで断続的に使われていた痕跡があって、出てくるものも幾つかの層に分かれているんです。それを見ていくと、3万年前と2万年前と1万年前で、年代によって貝の出てくる種類とかが大分変わっています。気候変動なんかに合わせて、当然海面や海洋環境も変わりますし、沿岸に住んでる貝の生態っていうか、種類も変わってきてるのが、この遺跡の調査からわかってきたんですね」

 ここでは海の環境変動と人類というテーマも顔を見せる。つまり、人が海洋世界に適応するということは、不断に変わっていく海に適応し続けるということでもある。

タラウド諸島のリアンサル遺跡。約3万5000年前に人が100キロの距離を渡る技術をもっていた証だ。(写真提供:小野林太郎)(写真クリックで拡大)

つづく

小野林太郎(おの りんたろう)

1975年、島根県生まれ。東海大学海洋学部海洋文明学科准教授。博士(地域研究)。2003年、上智大学外国語学研究科地域研究専攻博士課程単位取得後、日本学術振興会特別研究員(国立民族学博物館)、総合地球環境学研究所研究プロジェクト推進支援員,日本学術振興会海外特別研究員(オーストラリア国立大学)などを経て,2010年より東海大学海洋学部海洋文明学科に所属。専門は海洋考古学、東南アジア地域研究、オセアニア考古学。『海域世界の地域研究 (地域研究叢書 24)』(京都大学学術出版会)などの著書がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。最新刊は、ニュージーランドで小学校に通う兄妹の冒険を描いた『続・12月の夏休み──ケンタとミノリのつづきの冒険日記』(偕成社)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。