アフリカから出た人類がはじめて本格的に海と多数の島からなる環境に向き合ったのがここウォーラシアだと言われる。地続きだった土地はおしまいだけれど、その先にはたくさんの島々がある。さいわい赤道に近く海はそれほど冷たくない。こんな環境はたしかに、アフリカから出てきた人類にとって、はじめてだったかも知れず、人類は海を渡る移住のための「航海」も経験することになった。海洋適応として世界でも最初期の事例だ。

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「この地域の人類の移住というのは、歴史上2回、核となる大きな波があると考えています。もちろん人間だから行ったり来たりしているんですが、考古学的にも動きが分かるものとしては2回ですね。最初の動きは、4万年とか5万年前、更新世後期っていわれる、いわゆる最終氷期の時代の動きで、いきなりオセアニアまで行っています。同じ更新世の間に、大体3万年ぐらい前までですけど、ソロモンのあたりとか、ウォーラシア海域内の離島部にも移住した痕跡が出てきていて、こういうのを含めて第1幕の移住としています」

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 氷期の時代、海面が下がった時期にウォーラシア海域を渡り、ニューギニアやオーストラリア(つまりオセアニア)や、その通り道であるウォーラシア海域の島々に住み着いた人たちがいた。この時に来た人たちはどんな特徴を持った人たちだったのか。

「オーストラリアなんかで幾つか人骨が出てるんですけど、その形態学的な分析でいくと、いわゆるオーストラロ・メラネシアンっていわれる人たちです。今も暮らしてるアボリジニの人たちですとか、メラネシアの人たちの祖先ですね。髪の毛がチリチリで、結構色が黒い人たちで、背がやや小さかったりするんですけど、そういう人たちの頭蓋骨に比較的近いというふうに言われてるので」

 オーストラロ・メラネシアンは、ウォーラシアの島々にも住んでいたはずだが、今のところ石器などの遺物だけで2万年以上前にさかのぼる人骨は出ていない。しかし、なんと沖縄の港川で出てきた2万年前の人骨(港川人)が、このオーストラロ・メラネシアンに似ており、彼らは数万年前、とても活発に移動していた人たちだと思われる。出アフリカしたホモ・サピエンスが、早い時期にアジアに辿り着き、ウォーラシアを渡っただけでなく、沖縄まで到達していたということなのだ。

 では、それに続く、第2幕の移住とは。

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