第12回 不眠症の本質は睡眠時間の誤認である

 しかし睡眠薬を多剤併用している患者さんの中には睡眠状態誤認が数多く含まれている。なにせ脳波上はすでに寝ているため睡眠薬の効果が乏しいのは当然で、睡眠薬の過量服用や長期服用に陥るケースが少なくない。しかし今の医学教育では睡眠障害を系統立って学ぶ機会が少なく、臨床現場ではほとんど認識されていないのが実情だ。

 残念ながら睡眠状態誤認のメカニズムは未だ明らかになっていない。慢性不眠症の人では前頭葉や基底核の神経活動が低下していることが最近の脳画像研究で明らかになっている。これらの脳領域は感情、記憶、運動調節に重要であることはよく知られているが、時間認知にも深く関わっていることが明らかにされている。睡眠状態誤認の発症にも何らかの形で寄与している可能性がある。今後取り組むべき不眠症のナゾの1つである。

 ここで1つの疑問が生じる。睡眠状態誤認は何が問題なのか? 睡眠状態誤認では自分で考えているよりも実際には寝ているのだから、軽症と言えるのではないか? 不眠症でよく指摘される生活習慣病やうつ病を悪化させるなどの心身への悪影響も少ないのではないか?

 残念ながら答えはNOである。脳波上の睡眠時間がある程度保たれていても、寝つきの悪さに苦しみ、睡眠時間を短く感じて熟眠感がないと、日中にも倦怠感やうつ気分、パフォーマンスの低下が生じるなど他の不眠症と何ら変わるところはない。睡眠薬が効きにくいという点ではむしろ重症と言えるだろう。

 睡眠状態誤認の例からも分かるように、不眠症の重症度や治療効果と脳波上の睡眠パラメータにはしばしば乖離が生じる。そのため、不眠症の国際的な診断基準には「睡眠時間が○○時間以下」「目覚め回数が△△回以上」などの具体的な指標は一切取り入れられていない。不眠症とは、かくも個人的な体験なのである。

つづく

『8時間睡眠のウソ。
日本人の眠り、8つの新常識』

著者:三島和夫、川端裕人

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三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。