「アカリスも樹液をなめにくるんだ? 知らなかった。もう何十年もこの森を撮影しているけど、まだ知らないことはあるんだね……」
そう言いながら、嬉しそうにルーペをかざしてスライドを覗いていました。
ぼくは、ひと呼吸を置いて、思い切って質問してみました。
「良い写真が撮れたときは、どんな感じがするものなのですか?」
ジムは、しばらく宙を眺めてから答えました。
「とにかくハードワークするんだ……努力をする。その先に、ふっと、その瞬間がやってくる……」
ジムは、天を仰ぐようにして、両手を上に向かって伸ばし、そのまま自分の頭を包み込むように降ろしていきました。
「それは……降りて来るんだよ。こうやって。良い写真というのはとてもイルーシブなんだ。捕まえようとしてもダメだ」
イルーシブ……つまり幻のようなもの……それは、枕詞のように、オオカミの形容詞として、いつもつきまとう言葉でした。
<写真もオオカミもイルーシブなのか……>
ジムはなおも話を続けてくれました。
「Open your eyes……まずは、目を開いておくことが大事だ。
いろんなものに気づくためにね。
そして、Open your heart……心を開いておくことが必要だ。
頭で考えるのではなく、あるがままに感じ取れるように……」
そこまで言ったあと、ジムは突然、にやりと笑みを浮かべながら、ひとこと付け加えました。まるで、冗談を思いついたときのように。
「それと……Open your calendar!……予定を開けておくことも大事なことだよ」
でもそれは、冗談ではないことに、ぼくはすぐに気がつきました。
そこで、とっさに「寄り道が大切……でしたよね?」と切り返しました。
「その通りだ。寄り道は、とても大切なんだ。かつてスコットランドで撮影していたとき、あまり予定を決めなかった。どこへ続くんだろうと思いながら、緑の草原の道に車を走らせていたら、赤い電話ボックスがあって、その脇に、まっ白な羊たちがいた。そのとき撮った写真は、結果、自分でもお気に入りの写真になった。予定をぎっしり詰めていたら決して撮れなかった写真だ。はじめから撮るものを決めて、そこに向かうことは、つまらないものになる危険がある。もちろんそれが上手くいくこともあるけれどね……」
ジムはさらに続けました。
「撮ろう、撮ろうとすればするほど、逃げていくものなんだ。たとえば、オオカミなんか特にそうだ。君は犬を飼ったことがあるかい? 彼らの目をじっと見ていてごらん。その意図をよみとろうと、神経質になってくる。それでもじっと睨みつづけていると、ついには逃げていってしまう。オオカミだって同じさ。撮ってやろうと思うほど、その意図は相手に伝わってしまう」
「では、どうやって撮ればいいのでしょうか?」
と、思わずぼくが聞き返すと、ジムはまたいたずらそうに、にやりとしながら言いました。
「日本人の君なら、得意なんじゃないかい?」
ぼくが、何のことかとふしぎそうな表情をしていると、説明してくれました。