バニラの実は、さや豆のように見えることからバニラビーンズと呼ばれ、成熟したものは、ひとつひとつ手で摘み取られる。収穫した実はじっくりと時間をかけて、発酵・熟成加工されていく。やがて十分に乾燥して黒く艶やかに熟成し、芳醇な香りを放つようになったさやが、スパイス専門業者によって販売される。

 さやが熟すのに9カ月もかかる上に、収穫や収穫後の処理に手間がかかるバニラは、世界的にも生産量は多くない。世界の天然バニラ総生産量は2000トンで、需要には到底追いつかない。バニラ風味のウォッカやバニラウエハース、バニラプディングなど、市場に出回っているバニラ製品のほぼ99パーセントは、天然のバニラが使用されていない。

Photograph by Jennifer Martinez, Creative Commons 2.0

市場の99%は合成バニラ

 バニラは驚くほど複雑で繊細なスパイスだ。含まれる様々な風味と香りの成分は250~500種類に及ぶと推測される。その中で、バニラ特有の芳香を生む主成分がバニリン(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンズアルデヒド)だ。舌を噛みそうな化学物質名だが、比較的容易に人工合成が可能で、木材パルプ製造や製紙工程で出る副生成物のリグニンや、丁子油の成分のオイゲノールなどから合成される。変わったところでは、ビーバーの肛門腺から分泌される海狸香(かいりこう)という糖蜜に似た物質も、バニリンの原料となる。

 合成バニリンの値段は、天然バニラの20分の1以下。年間2万トンものバニリンが製造・販売されている理由はそこにある。何かにバニラの味や香りを感じたなら、それは多分、天然バニラではなく合成バニリンの味や香りなのだ。

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