脇役から主役へ、バニラの下剋上な歴史

 料理本にバニラが登場するのは、もう少し後のことだ。食物史家のウェイバリー・ルートによれば、バニラを使った最初のレシピは、英国の料理家ハンナ・グラスのベストセラー『The Art of Cookery』(1805年)に掲載されたもので、チョコレートには「バネラス」を加えるように、と書かれていた。

 米国では、メアリー・ランドルフが著書『The Virginia Housewife』(1824年)の中でバニラアイスのレシピを紹介したのが最初である。19世紀後半になるとバニラの需要は急増した。アイスクリームのフレーバーとしてすっかり定着しただけでなく、清涼飲料の原料としても欠かせない存在となったのだ。アトランタの薬剤師ジョン・S・ペンバートンが考案し、1886年に発売されたコカ・コーラにもバニラが配合され、「脳スッキリ、知性に効く大評判の飲み物」と宣伝されている。

世界で2番目に高価なスパイス

 問題は、バニラの値段である。生産に多くの人手と作業を必要とするバニラは、サフランに次ぐ、世界で2番目に高価なスパイスだ。バニラはつる性の植物で、他の植物に絡まりながら成長する。茎(つる)の長さは90m以上に達することもあり、直径10cmほどの淡い黄緑色の花を咲かせる。原産地のメキシコでは、オオハリナシバチやハチドリがバニラの花の授粉係だ。受粉しなかった花はわずか24時間でしおれて落ちてしまう。このように受粉機会がごく限られていることを考えると、バニラの存在そのものが進化の奇跡のようなものだ。  

Photograph by Johan Zeeman, Creative Commons 2.0

 受粉に成功すると、長さ15~25センチほどのさやの形をした実がなる。さやの中には数千もの微細な黒い種子が詰まっている(バニラアイスに入っているあの小さな黒い粒だ)。ほかの地域でもバニラの移植が試みられたが、当初、さやは全く形成されなかった。授粉係のオオハリナシバチがいなかったからだ。1841年、インド洋に浮かぶ植民地レユニオン島で、12歳の奴隷の少年エドモンド・アルビウスがバニラの人工授粉の方法を編み出した。この技術がバニラ栽培に大きな変化をもたらし、バニラプランテーションはマダガスカルからインド、タヒチ、インドネシアと世界中に広がった。今日、世界のバニラの75%は、マダガスカルとレユニオンで生産されている。