フォトギャラリー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ナショナル ジオグラフィック日本版 2014年11月号

悲しみのエベレスト

  • 登山ツアー会社を経営し、自らも山岳ガイドを務めるラクパ・シェルパ。エベレストに近い峰でお茶を飲み、物思いにふけっていると、風に乗って鳥たちが飛んできた。2013年撮影。
  • 2014年4月18日  雪崩の発生から約3時間後、クーンブ・アイスフォールの巨大な氷の間で捜索活動が行われた。死亡者16人のうち11人の遺体は、アイスフォール上部の1カ所(写真中央上、捜索者が集まっている辺り)から見つかった。
  • 雪崩の生存者のうち3人はヘリコプターで搬送された。写真はその一人、アン・カミ・シェルパの搬送準備の様子。
  • 2012年、エベレスト山頂でネパール国旗を掲げるアンカジ・シェルパ。多くの若いシェルパを指導していた36歳の彼も、4月18日の雪崩で命を落とした。
  • 父親のアンカジ・シェルパを失い悲しみに暮れる娘のチェチ。山の事故はシェルパの家族を失意のどん底に突き落とす。
  • エベレストのキャンプから資材を運び下ろす道中、クーンブ・アイスフォールを下り終えたソナム・ドルジェ・シェルパ。
  • 美しい山容で知られるアマダブラムの第2キャンプ。標高5975メートルの岩の上でダヌル・シェルパがロープを巻き取る。
  • アマダブラムの第1キャンプと第2キャンプの間で、前年のフィックスロープを交換するラクパ・シェルパ。ツアーに参加する登山者たちはこうしたロープが頼りだ。
  • <b>なくてはならない仕事</b><br />クライミング・シェルパは登山者のガイド役と同時にポーター、助手、指導者、護衛の役割も務め、資材を運んだり、登山者のテントに朝食を届けたりもする。
  • <b>なくてはならない仕事</b><br />クライミング・シェルパは登山者のガイド役と同時にポーター、助手、指導者、護衛の役割も務め、資材を運んだり、登山者のテントに朝食を届けたりもする。
  • <b>なくてはならない仕事</b><br />クライミング・シェルパの給料の額は往々にして、背負った荷物の重さや、キャンプ間を行き来した回数に比例する。欧米の山岳ガイド会社は一般に、ネパール人の会社より給料はいい。シェルパたちの稼ぎは教育費や生活費のほか、家畜のヤクの購入、家の新築や修繕、ツーリストロッジ等の副業への投資などにも使われる。
  • パンボチェ村に住むニマ・ドマ・シェルパと娘たち。2013年にエベレストで死んだ夫ダ・リタの思い出を、涙ながらに語る。
  • フォルツェ村のドゥムジ祭りで、亡き息子をしのんでカタと呼ばれるスカーフを何枚も贈られたプ・ドルジェとプラ・ヤンジ。息子のダ・リタ・シェルパは2013年、エベレストで高山病のため死亡した。
  • フォルツェ村のドゥムジ祭りでは特別な米料理がふるまわれる。村人たちの多くは、登山者が着るのと同じようなダウンジャケットを着ている。
  • クーンビラ神の祭壇に五色の祈祷旗(タルチョ)を飾る村人たち。
  • <b>家に帰ろう</b><br />登山シーズンが終わると、山で働いていたシェルパたちは村の暮らしに戻る。ォルツェ村で母親のダキ・シェルパと談笑するダヌル・シェルパは、エベレスト登頂16回のベテランだ。兄弟のうち8人が山岳ガイドとしての経験を持つ。
  • カルマ・ツェリン・シェルパは、かのエドモンド・ヒラリーがクーンブ地方に学校を開設するのを手伝った。今はエベレストのガイドをする息子と孫の隣家に暮らす。
  • エドモンド・ヒラリーの写真を掲げるターメ村の子どもたち。ヒラリーが設立した基金は、シェルパ族の村々に数十の学校をつくった。
  • カイラス山寄宿学校の子どもたち。シェルパたちはエベレストで稼いだ給料で子どもを学校に行かせる。
  • 山で得た稼ぎで、子弟をカトマンズの寄宿学校に入れるシェルパは多い。エベレストでの危険な仕事を、子どもたちには継がせたくないのだ。

フォトギャラリー一覧へ

日経ナショナル ジオグラフィック 翻訳講座 秋期受講生募集中 詳しくはこちら

ナショジオクイズ

Q:米国の五大湖すべてを足した面積に近いのは次のうちどれでしょう。

  • 北海道
  • 日本の本州
  • 日本全土

答えを見る

ナショジオとつながる

会員向け記事をお読みいただけます。

ナショナル ジオグラフィック バックナンバー

ナショナルジオグラフィック日本版サイト

広告をスキップ