番外編1 中国でオオサンショウウオは「高級魚」

絶滅したヨーロッパオオサンショウオの「ホロタイプ(種を決める基準となる唯一の完模式標本)」。カレル・チャペックが『山椒魚戦争』にこの図版を使った。(ハーレムにあるテイラー博物館の展示より)(写真クリックで拡大)
シーボルトが標本を持ち帰るまでは「洪水を目撃した人」という学名が付けられていた。ショイヒツァーによる記載(チューリッヒ大学自然史博物館)(写真クリックで拡大)

 人文的なトリビアもたくさんあって、日本では井伏鱒二の「山椒魚」や、つげ義春の「山椒魚」など、それぞれオオサンショウウオを題材にして、なにやら説話的な物語や、シュールな物語に仕立てている。人の想像を掻き立てるところがオオサンショウウオにはあるようだ。ぼくも2013年に「二百年の孤独」というタイトルでオオサンショウウオ小説を雑誌発表した(単行本未収録)。

 それを言うなら、現生のオオサンショウオがおらず、化石だけが知られていたヨーロッパでは、「洪水で死んだ人間の子の化石」と誤解されていた時期がある。旧約聖書の記述を裏付けるものとされていたとか。両生類の化石であって、人間ではないという決定的な証拠は、19世紀、シーボルト事件で日本を追われたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが生きた標本を持ち帰るのを待たねばならなかった。その時の個体は、オランダ・ライデン市の博物館でアルコール液浸標本として、今も保存されている。

「ロボット」という言葉を創ったことで有名なチェコのSF作家カレル・チャペックの「山椒魚戦争」では、知能を持ち人間を凌駕するオオサンショウウオが登場するが、背景には「人間だと思われていた」という連想がある。実際にチャペックの本には実在する化石標本の図版が挿入されている。これはスイスで発掘されたもので、今はオランダのハーレムの博物館にある。

オランダ、ライデン博物館所有の(日本の)オオサンショウウオの標本。左右はシーボルトが持ち帰ったもので、特に左は種を特定する論文に使われた模式標本(ホロタイプ)。真ん中はアムステルダム動物園で死んだ個体だが、時期的にシーボルトが持ち帰った可能性がある。(写真クリックで拡大)