彫りは深くて手足が長く、髭などの体毛が濃い、いわばヨーロッパ系の特徴に近い縄文人と、平たい顔で胴長短足、体毛が薄い弥生人。まるで対照的だが、縄文から弥生へと時代が移り変わる中でいったい何が起こったのだろう。
「ここ10~20年の研究ではっきりしたことですが、弥生人は縄文人が進化したのではなく、大陸の北方から渡来してきた人々なのです。だから、最近は渡来系弥生人という呼び方をしています」
そもそも、私たちの祖先であるホモ・サピエンス(新人)は、約20万年前にアフリカで誕生し、6万年前に世界中へと広がり始めた。彼らは立体的でごつい顔をしていて、肌は黒く、暑い土地を長距離移動するために手足が細長かったが、移住した土地の環境に適応して体つき、顔つきが進化していった。初期のサピエンスの特徴をもっともよく留めているのが、環境条件がアフリカと似ているオーストラリアの先住民だという。
約4万年前から東アジア一帯に住んでいた人々が日本列島に移動してきたのが縄文人で、彼らはアフリカにいたときからの特徴を留めながら現代化してきた。いっぽう、渡来系弥生人はもともと約3万年前にシベリアに住み着いた人々で、極寒の地に適応するために進化した。これは世界的に見ても非常に特殊なことだと馬場さんは言う。
「マイナス数10℃という寒さに耐えるためには、体温が発散されないようにがっちりとした体格で、手足が短いほうがいい。顔も凍傷を防ぐために鼻を低く、まぶたは皮下脂肪で厚く覆ってしまいました。髭や体毛が薄いのも、汗や吐く息の水分が毛につくと凍傷になってしまうからです。横綱の白鵬が典型的ですよ。モンゴル人は北方アジア人の特徴をよく留めています」
もともとは同じホモ・サピエンスだったのが、環境の違いでここまで変わることに驚きだ。弥生人のほうが縄文人より歯が大きく丈夫だったのも、凍った肉を噛み切って食べていたためだという。