第2回 エボラ出血熱はどのように広がるのか

 本当にこれは理屈ではないレベルのことだ。

 家族を悼む行動が、別の家族を感染させてしまうかもしれない。心のこもった手厚い看護が、看護側を危険に晒す。もちろん、物資が不足して使い捨てできない状況も大いに影響するだろう。

 ウイルス研究者として、安田さんはそれをなんとかしたいと願っている。しかし、医師や看護師のように現場で患者と向き合う仕事ではない。文化習慣を尊重しつつ行う啓発活動も大事だが、それもウイルス学者の「本業」ではなかろう。

 では、安田さんは、どのように「なんとかしたい」のだろうか。

「抗ウイルス剤、抗ウイルス薬です。これまでずっとやってきた研究で、細胞の中でウイルスがどうやって増えるのか、タンパク質レベル、分子レベルで見てきています。それは知的好奇心でやってきたといえばそうなんですが、メカニズムがわかってきたことでウイルスが増えるのを抑える抗ウイルス剤をつくれないか、と。これまで追いかけてきたものを通じて社会貢献ができるんじゃないかと思っているんです」

 安田さんは、出血熱に効く抗ウイルス剤を構想しているのだという。

 いや、出血熱だけではなく、ある種の特徴を持ったすべてのウイルスに効果があるかもしれないものだという。

 エンベロープ・ウイルス。外側に膜(エンベロープ)を持ったウイルスという意味だ。

 エボラなどの出血熱のウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などのレトロウイルス、インフルエンザウイルス、天然痘ウイルス、麻疹ウイルスなど、名前を聞いたことがあるウイルスの多くが膜を持っている。

 気を付けておきたいのは、ウイルスの分類にはいろいろなやり方があること。基本的な分類体系では、そのウイルスの核酸のタイプをまず重視する。遺伝情報を担うのがDNAかRNAか、それが1本鎖か2本鎖か、といった部分でまず分類する。その一方で、エンベロープ・ウイルスという分け方は、単に膜を持っているかどうかを気にしているので、その中にはRNAウイルスもあれば、DNAウイルスもある。エボラやHIVやインフルエンザはRNAウイルスだが、天然痘はDNAウイルスだ。しかし、「膜を持つ」という共通点だけで括る意味はやはりあって、安田さんはまさにその共通点をあぶり出す研究を続けてきたのだ。

日本製の陽圧式全身化学防護服。主に実験室などで使うためのもので、フィールドではもう少し簡便なものを使うという。熱帯医学研究所の附属施設である「熱帯医学ミュージアム」にて。(写真クリックで拡大)

つづく

安田二朗(やすだ じろう)

1966年、愛知県生まれ。長崎大学熱帯医学研究所教授。博士(理学)。1991年、北海道大学獣医学部卒業。1994年、総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程を修了後、米国アラバマ大学、東京大学・医科学研究所を経て、2000年に北海道大学遺伝子病制御研究所助教授。2003年より、ウイルス学の研究を続けつつ、バイオテロ対策のため警察庁科学警察研究所・法科学第一部・生物第五研究室の室長として生物剤検知システムの開発に携わり、2010年より現職。2014年、「モバイル型生物剤検知システムの開発」の業績により、平成26年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(科学技術賞)を受賞。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider