第5回 熊本サンクチュアリと動物福祉と研究の未来

 平田さんが就職した岡山県の林原類人猿研究センターは、母体の企業が2011年2月に経営破綻したため閉鎖されることになった。そして、2012年には、この研究センターにいた8にんのチンパンジーが、京大野生動物研究センター・熊本サンクチュアリに移動することになった。平田さんもそれに伴って、林原類人猿研究センターを退職、そして、サンクチュアリ常駐スタッフとして、京大に復帰することになった。

 実は、チンパンジーたちにとっても、これは「復帰」だった。岡山の研究所のチンパンジーはもともと熊本の施設から来たものだったのだ。今はサンクチュアリになっているこの施設は、20世紀と21世紀の変わり目の時点では100にん以上のチンパンジーを抱える大所帯で、ほかの研究所にチンパンジーを供給していた。平田さんは、岡山のチンパンジーの帰還にあわせて(実際にはやや先に乗り込む形で)サンクチュアリに「異動」したようなものだ。

 現在、平田さんがサンクチュアリで日常的に接しており、ぼくに研究ブースでの様子を紹介してくれたのは、岡山からの帰還組だ。大人の5にん(男性2、女性3)と子ども3にんで、子どもは3にんとも岡山で生まれた。群れの生き物であるチンパンジーにとって、ほかのグループがいるところへ移動するのは大きなイベントだ。今も、岡山組のチンパンジーたちは、サンクチュアリの中で、独立した8にんの群れとして扱われて、主に平田さんと一緒に、社会的知性にかかわる実験に参加している。これは特別扱いというよりも、59にんをひとつの群れにしておくこともできず、複数の群れに分けている中のひとつという扱いだ。

 なお、実験について、かつての医学感染実験とは違い、侵襲的(invasive)な手法はいっさい取られないことは強調しておきたい。平田さんのお話をきいていると、研究者はチンパンジーが乗って来やすいセッティングを考え、ある意味、ゲームのルールをその都度考えて、チンパンジーに協力してもらう、というような様子だ。選択権はチンパンジー側にある。ふたりのチンパンジーが協力しないと課題をクリアできない「平田の装置」にしても、装置に関心を示さなければそれまで。なにか面白そうだぞ、と参加するようなセッティングやルールを作るのが、実験計画者の腕の見せ所である。

チンパンジーとのコミュニケーションを図る川端さん。実験をやるかどうかの選択権はチンパンジーの側にある。(写真クリックで拡大)

本誌2014年8月号でもチンパンジーの特集「ゴンベ 森の家族たち」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。チンパンジーの「家族アルバム(フォトギャラリー)」はこちらです。ぜひあわせてご覧ください。