大きな影響を及ぼした菜食主義者は、ほかに作曲家ワーグナー 、劇作家レオ・トルストイなどがいる。劇作家バーナード・ショーは食べるという行為を「厄介な必然」 だと考え、25歳のとき、「強い精神力があれば、動物の死体など食べないものだ」と宣言して肉食を断った。

 だれもが菜食主義を受け入れたわけではない。英国人にとって肉は、正直さ、男らしさの象徴だった。野菜を好み、香辛料やソースを多用する女性的なイメージのフランス料理とは対極にあるとされた。1710年、英国の随筆家ジョセフ・アディソンは「凄惨なアジャンクールの戦場でフランス軍に勝利した勇敢な英国の血統は、牛肉や羊肉を食べる食事が育んだ」と書いている。

 これを証明して見せたかに思われたのは、陸上競技のチャンピオン、ロバート・バークレーだ。1809年、バークレーは1000マイルを1000時間かけて踏破。この間、口にした食べ物は牛肉と羊肉だけだった。英国のコラムニスト、J・B・モートンはベジタリアンについて次のように書いている。「ベジタリアンの目つきは意地悪くずる賢い。笑い方は冷酷で狡猾そうだ。ワインの代わりに水しか飲まず、あごヒゲをはやしたがる奴らだ」

菜食主義は健康にいいか?

 どのダイエットがベストなのか、これは難しい問題だ。さまざまな研究によると、ベジタリアンは肉を食べる人に比べて痩せていて、長生きであり、循環器系の疾患やII型糖尿病、ガンにもかかりにくいという。

 一方、肉はタンパク質や鉄の優れた摂取源であり、ベジタリアンはビタミンB12が欠乏しがちなために貧血になる恐れがあると指摘する研究もある(ビタミンB12は肉、魚、卵、乳製品に含まれる)。オーストリア社会医学疫学研究所が発表した最新の研究(激しい論争を呼んでいる)によると、ベジタリアンは肉を食べる人たちよりも不健康であるという。ガンの発生率が高く、アレルギーや不安障害、鬱病になりやすく、生活の質も低いのだそうだ。

 理想的な食習慣はどれかという問いには、まだ当分答えが出そうもない。だが少なくとも、理想の食習慣の決め手になるのは栄養のバランスと多様性、節度、そして健全な常識だというのが、ほとんどの栄養学者の共通認識だ。日光や空気だけで生存できるなどと考えてはいけない。

(文=Rebecca Rupp/訳=小野智子)

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