今から100年前、第一次世界大戦に駆り出された各国の兵士たち。ヨーロッパの西部戦線で地下通路に刻まれた作品の数々が、彼らの思いを伝える。

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第一次世界大戦 知られざる遺産

今から100年前、第一次世界大戦に駆り出された各国の兵士たち。ヨーロッパの西部戦線で地下通路に刻まれた作品の数々が、彼らの思いを伝える。

文=エヴァン・ハディンガム/写真=ジェフリー・ガスキー

 茂みの陰にぽっかり開いた入り口は、動物の巣穴より少し大きい程度だ。フランス北東部の人里離れた森の中、私たちは真っ暗な穴へとすべり下りた。

 通路がやや広くなると手足をついて、はうように進んだ。ヘッドランプの光が、1世紀前に掘られたトンネルのほこりっぽい壁を照らす。下り坂を100メートルほど進むと、石灰岩を削った電話ボックスほどの小部屋に突き当たった。

敵陣地下にトンネルを掘って爆破

 今から100年前、1914年8月に始まった第一次世界大戦の開戦まもない頃、ドイツ軍の工兵は交代で息をひそめてこの小部屋に詰め、敵軍がトンネルを掘るかすかな音を聞きもらすまいと、耳を澄ませていたのだ。
 くぐもった声やシャベルを使う音が聞こえれば、攻撃用のトンネルを掘る敵が、ほんの数メートル先まで迫っていることを意味する。掘削音がやみ、袋や缶をそっと積み上げる音がすれば、敵がトンネル先端に高性能の爆薬を仕掛けていることになる。

 小部屋付近の壁にドイツの工兵が残した落書きを、私たちのヘッドランプが照らし出した。氏名と所属の上に「皇帝に神のご加護を!」とある。鉛筆の筆跡は今もくっきりと鮮明だ。

 ピカルディ地方の白亜や石灰質の岩盤は、トンネルの掘削作戦に向いていたが、兵士たちが生きた証しを残すにも理想的だった。鉛筆で名を記し、スケッチや風刺画を描く者もいれば、浮き彫り(レリーフ)を刻む者もいた。

 こうした“作品”の存在は、第一次世界大戦の研究者や愛好家、地元の村長や地主以外にはあまり知られていない。写真家のジェフリー・ガスキーは長年、地元関係者と交流を深め、地下に残された作品を撮影してきた。
 ガスキーの写真は、前線の地下世界へと私たちをいざなう。地下に残された数々の作品からは、塹壕(ざんごう)での戦いに散った無名の兵士たちの息遣いが伝わってくるようだ。

※ナショナル ジオグラフィック2014年8月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 数年前、フランスとベルギーの国境付近の小さな村を訪れたことがあります。なだらかな丘陵地に、牛がのんびり草をはむ牧草地やトウモロコシ畑がどこまでも広がっていました。一見のどかな田園風景の地下に、こんな歴史が刻まれていたとは……。
 100年前の世界大戦に駆り出された兵士たちが、息詰まる塹壕戦の合間にトンネルの壁に彫った「生きた証し」の数々は、胸に迫るものがあります。どんな大義名分のもとに行われる戦争であっても、実際に繰り広げられるのは結局のところ、兵士として戦場に送り込まれた一般市民どうしの殺し合いなのだと実感させられます。(編集H.I)

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