第2回 隣の眠りは長く見える―睡眠時間の個人差について
初っぱなからなんだが、永久の眠り(死)を借金、睡眠を“当座の”返済にみたてたのはショーペンハウアーだ。ぐっすり眠ることで利息を多めに支払えば元金返済を求められるのが遅くなる、長生きできると説いた。睡眠不足で生活習慣病や脳血管障害での死亡率が増加するという最近の知見にも通じる名言だが、一方で、眠らなくても済むなら生活に余裕が生まれるだろうなぁ・・と積み上がった仕事を抱え眠い目をこすりながらため息が出る。
『ベガーズ・イン・スペイン』というユニークなSF小説がある。時代は近未来、遺伝子操作の結果、眠らなくても健康に生活できる無眠人(スリープレス)が誕生したものの、徐々に周囲の嫉みや憎悪の対象になって社会的軋轢を生むことになるのだ。うーむ、週末の明け方にワールドカップを横目に見つつ原稿を書いていると、その気持ち、分からないでもない。
8時間睡眠であれば1日の3分の1、75年の人生であれば25年間は寝ている訳であるから、これがナポレオンのように3時間睡眠で済めば中学から大学時代に匹敵する余剰時間が生じる計算だ。ましてや丸々25年ともなればまさに小学校入学から結婚までの、あの独身時代と同じ長さ!(注:筆者のケース)しかも単に寿命が延びるのではない、元気生活の期間が延びるのだ。これは最近話題の健康寿命(※)の延長そのものではないか。
なるほど、短時間睡眠のコツ、のような書籍がバカ受けするわけである。長短が無ければ公平だが、各種調査による現代人の睡眠時間は4時間以下から10時間以上まで実に幅広い(図)。これはよく考えると不思議なことだ。なぜなら睡眠時間の長短は活動時間の長短であり、そのまま摂食量やエネルギー消費、捕食者との遭遇確率など生命維持に直結する大問題だからである。生存のために最適化され、自然淘汰を生き延びてきた人類の睡眠にそれほど大きな個人差が許容されるのだろうか? 実際、他の動物ではこれほど大きな睡眠時間の個体差、日々の変動は知られていない。そこで人間に特有な睡眠時間の個人差の原因について考えてみよう。この疑問を紐解くことが快適睡眠習慣を考える大事なヒントになるからだ。
※介護の必要がなく、日常生活を自立的に送れる期間のこと。WHOが2000年に提唱。厚生労働省も健康寿命を延ばす「スマートライフプロジェクト」という運動を行っている。
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