第3回 野心家だった父のコンプレックス

――それから、エドモンドさんは子どものころ背が低くて、学校ではいじめられっ子だったと。これは、のちのエドモンドさんの意志の強さと、何らかのかたちで関係していると思われますか。

 子どものころのことについては、通っていた小学校が田舎の小さい学校だったのですが、父はそこでは天才といわれるくらい優秀だったそうです。

 そこで、11歳のときに飛び級で都会の中学に入学したのですが、まわりの子は皆、体が大きいし、学業も父より優れた子はいくらでもいるとわかった。そういうことなんです。

 父はそのとき、自分に少々失望したかもしれませんね。その劣等感を克服したい気持ちが、のちに大きな野心を持つにいたる背景としてあったかもしれません。

――最後に、エドモンド・ヒラリーさんが長年取り組まれたシェルパの村への支援と、現在のヒマラヤが抱える問題などについて尋ねます。

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(つづく)

『ビヨンド・ザ・エッジ 歴史を変えたエベレスト初登頂』
(C)2013 GFC(EVEREST)LTD.ALL RIGHTS RESERVED
配給:KADOKAWA
6月28日(土)より角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

ピーター・ヒラリー

1954年、ニュージーランド・オークランド生まれ。1953年に人類で初めてエベレスト登頂に成功したエドモンド・ヒラリーの長男。登山家であり、オーストラリア・ヒマラヤ基金の責任者である。ピーター本人もエベレストにはこれまで5回登っており、2回目は米国のナショナル ジオグラフィック協会がエベレスト初登頂50年を記念して結成した遠征隊のメンバーとして参加。


高橋盛男(たかはし もりお)

1957年、新潟県生まれ。フリーランスライター。自動車専門誌の編集を手がけたのちフリーライターに。JR東日本新幹線車内誌「トランヴェール」、プレジデント社「プレジデント」「プレジデントファミリー」などに執筆。