――そのころにはすでに写真の心得があったのですか。

 いいえ。研修にはニコンのフィルムカメラFM3を持っていきましたが、それは研修の1年前に3日間だけ通った写真学校の先生に勧められて買ったものです。その後、使ったのは1回だけで、フィルム交換の仕方もよくわかっていませんでした。

――では、取材や記事原稿を書いた経験は?

 まったくありません。

――そんな日本人の女子学生を、ガンビアの新聞社がよく雇ってくれましたね。

「パソコン、速く打てます。カメラ、持ってます」と言って。カメラはろくに扱えないのに。

 独立系のThe Pointという新聞社でしたが、カメラマンがいなかったんです。それで雇ってもらえたようです。もっとも給料はもらいませんでした。お金をもらって、何か失敗したら居づらくなると思ったから。

 翌年の夏休みもガンビアに行き、The Pointで働きました。今度は東京でバイトをして買ったデジタルカメラ、ニコンD80を持って。

ガンビア共和国の地元新聞社「The Point」紙の玄関前の看板の横に立つ記者(撮影:林典子)

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