実は、日本でも1998年からTAC制度を導入している。しかし、資源の保全が目的であればTACは生物学的許容漁獲量(ABC)より下に設定するものだが、なんと日本では生物学的許容漁獲量の2倍、3倍のTACを設定していたという。最近ではABCが過大に設定されている。制度を導入した意味がない。

「社会経済学的要因が問題なのです。つまり、組織や個人の意見、活動に左右されているということ。漁協や漁業者が獲りたいと言えば、行政はその意見を優先して科学を無視したTACを設定してしまうのです。数を制限すれば魚の価格も上がって漁業者の収入増につながるのに、みんな目先のことしか考えていない。これを続ければ資源をくいつぶしてしまうのは当たり前のことです」

 さらに、TACを設定した後の管理制度が追い討ちをかけているという。

「日本は、漁獲量がTACに達したところで漁を止める方式を取り入れています。全体の漁獲量をゴールとし、『よーい、スタート!』で一斉に漁を始めるため『オリンピック方式』と呼んでいますが、獲れば獲るほど稼ぎにつながりますから、ゲームが終わるまで我先にと競争が起こりますよね。結果的に漁獲量を制限できず、乱獲を促すことになります」

 漁獲量を管理するための制度が乱獲を生み出しているとは何とも皮肉な結果である。資源を回復させた国との違いはなんなのか。そして、なぜそのような状況を放置しているのだろうか。

つづく

中川明紀

(撮影:森山将人)

聞き手・文=中川明紀(なかがわ あき)

講談社で書籍、隔月誌、週刊誌の編集に携わったのち、2013年よりライターとして活動をスタート。インタビュー記事を中心に、雑誌や電子出版物で活躍している。Webナショジオでは連載「世界魂食紀行 ソウルフード巡礼の旅」を執筆。

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