極東ロシアに点在する辺境の村々を巡回し、医療を提供する列車マトベイ・ムドロフ号を密着取材した。

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辺境の命を支えるロシアの医療列車

極東ロシアに点在する辺境の村々を巡回し、医療を提供する列車マトベイ・ムドロフ号を密着取材した。

文=ジョシュア・ヤファ/写真=ウィリアム・ダニエルズ

 ロシアには、鉄道を利用した移動クリニックがある。

 医療列車「マトベイ・ムドロフ号」は、バイカル湖とアムール川を結ぶバイカル・アムール鉄道(通称バム鉄道)を走り、沿線に点在する数十の村に医療サービスを提供している。

 一通りの医療機器と診察室を備え、12~15人の医師を乗せて巡回診療を行うこの列車は、人々のまさに命綱だ。国営ロシア鉄道が運行し、その名は19世紀にロシアの医療の発展に尽くした医師マトベイ・ムドロフにちなむ。村から村へと線路を走り、あちらこちらで1日停車しては患者を診察しながら、数千キロに及ぶ広大な極東ロシアの旅を続けている。

沿線の村々と外界をつなぐ「命の列車」

 バム鉄道の全長は約4300キロ。有名なシベリア鉄道よりも650キロほど北を走るこの鉄道は、1970年代後半から80年代前半に建設され、ソビエト連邦が手がけた最後の大プロジェクトとなった。

 当時のソ連の最高指導者レオニード・ブレジネフの命を受け、共産党の青年組織コムソモールがバム鉄道建設の重責を担った。辺境の森の掘っ立て小屋で寝起きする開拓のロマンと、ソ連の平均給与の最大3倍にも達するという報酬に魅せられて、1974~84年の間に約50万人が建設に参加した。

 だが1991年にソ連が崩壊すると、バム鉄道を維持発展させる資金も情熱も失われた。90年代半ばには沿線一帯にアルコール依存や貧困が広がり、孤立が進んだ。多くの人々がこの土地を離れ、取り残された人々は、冬には氷点下50℃を下回る日も多い過酷な環境のもとで年老いていった。自動車の走れる道路がほとんどないこの地域での移動は、もっぱら鉄道が頼り。まともな医療を受ける機会は限られている。

 医療列車の医師たちができるのは患者を診察し、基本的な検査を実施して診断するところまで。この設備では手術は無理だし、普通なら外来で可能な治療や処置もほとんどできないが、それでもバム鉄道沿線の住民にとって、医療列車は外の世界との貴重な接点となっている。祖国ロシアはこの地に暮らす彼らのことを忘れていないし、その安否を多少は気にかけている。医療列車は、その証しなのだ。
 極東ロシアの大地を走るマトベイ・ムドロフ号。その行く先々には、病気やけがに苦しむ人々が待っている。

※ナショナル ジオグラフィック2014年6月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 分厚い外套に身を包み、毛糸の帽子やフードをかぶって氷点下15℃の戸外でじっと待つ村人たち。年に2回ほど巡回してくる医療列車をどれほど待ちわびていたかが、よくわかります。極東ロシアの暮らしの厳しさがひしひしと伝わってくるような一枚の写真から、しばらく目が離せませんでした。
 辺境の村々をめぐって医療を提供する、ロシアの医療列車の存在をこの記事で初めて知りましたが、世界ではほかにも、インドや南アフリカなどに同様の列車があるようです。薬局も診療所も病院もすぐに行けるところにあるのは、それだけでも恵まれた環境なのだと、あらためて考えさせられました。(編集H.I)

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