第23回 ラオス料理は幸福のおすそ分け

在日ラオス文化センターに並んだ料理は女性たちが協力してつくったもの。豚の腸詰めや青パパイヤのサラダ、米粉の麺の入った汁物などラオスの代表的な料理が並ぶ

 「ラープはお店でラオス人が一番注文する料理です。でも、日本のお客さんはラープがタイ料理だと思っている人も多いんですよ」

 ビルンさんの話では、ラープはラオスと国境を接するタイの東北部、イサーンの名物料理としてタイ全土で知られているそうだ。しかし、ラオスは18世紀頃にタイの属領だった歴史もあり、イサーンにはラオスと同じラオ族が居住している。言語もラオスの言葉に近い。タイの主食はうるち米だが、イサーンはもち米を主食とするところも同じだ。ラープはラオスからイサーン、そしてタイ全土に伝わっていったのだとビルンさんは言う。

 「ラオスのラープもタイのラープもそれほど変わりません。でも、ラオスのほうが香辛料が少ないのでややマイルドですね。そのぶん、香草をたっぷり入れます。日本人にはラオスのほうが食べやすいのではないかしら」

 ラオスは日本の本州と同じくらいの24万平方キロメートルの国土に約650万人が住むが、そのうちの8割が農業に従事。しかも多くが自家消費を目的として、もち米や野菜、香草をつくっているという。

ビルンさんの店は相鉄線さがみ野駅のすぐそばにある「パカーラン」。仕入れもあり年に2、3回ラオスに帰るが、実家では当たり前のようにラープを食べるという

 「私は日本に来てからも唐辛子や香草をつくっていますよ」と話すのは、在日本ラオス協会の会長・久永広喜(旧名 チャンナコン・チャンスット)さん。「育てた野菜はラオス人同士で売買したり分け合ったりしています。ラオス人は神奈川中部や東京西部にたくさん住んでいますが、ほとんどが難民として日本に来ました。だから助け合いの心がすごく強いんです」

 1975年にベトナム戦争が終結するにともない、ラオス・ベトナム・カンボジアのインドシナ3国では新しい政治体制が発足した。しかし、新体制は国内に混乱をもたらし、多くの人びとが難民として国外へ脱出。日本ではそうしたインドシナの難民を2005年まで受け入れていた。1979年末に来日した新岡さんは日本が受け入れたラオス難民の第1号であり、久永さんもほぼ同時期に来日したという。