第90話 夜の森は、まるでお化けの出る墓場?

 しばらくすると、見慣れたミンチュミナ湖の氷上に出た。

 少し心に余裕が生まれて、空を見上げて満月を探してみる。

 薄い雲に隠れて、どこにあるのか分からなかったが、前を向くと、犬たちの走る背中がヘッドランプの明かりに浮かび上がっていた。

 雪がちらちらと舞いはじめ、柔らかく犬たちの背中に落ちていく。

 橇の滑る音と、犬たちの息づかいのほか、なにも聞こえない静寂に包まれた。

 なんて、一途な背中だろう……。

 そして、なんて心地よい静寂の世界なのだろう……。

 私は、なんだか心が癒えていき、優しくなれるような、穏やかな気持ちなった。

 トーニャが言っていた最高の気分というのは、きっと、このことなのだろう。

 犬橇の魅力を、また1つ、私は知ったのだった。

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つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/